そもそも「相反抑制」って何?
私たちが腕を曲げるとき、体の中では2つの筋肉が働いています。腕を曲げる筋肉(上腕二頭筋)が収縮すると同時に、腕を伸ばす筋肉(上腕三頭筋)は自動的に緩む——この「片方が頑張るとき、もう片方が譲る」という脊髄の自動調整機能を、相反抑制(そうはんよくせい)といいます。
これは脳が意識して命令するのではなく、脊髄レベルで反射的に行われる仕組みです。健康な人は当たり前すぎて気づきませんが、この機能があるからこそ、私たちはスムーズでなめらかな動きができています。
脳卒中で「譲り合い」ができなくなる
脳卒中でこの相反抑制の機能が低下すると、「同時収縮(共収縮)」と呼ばれる状態が起きます。腕を伸ばそうとしても、伸ばし筋と曲げ筋が同時に力を入れてしまうのです。
綱引きで言えば、両チームが同時に引っ張り合っているようなもの。どちらも頑張っているのに、ロープは動きません。
医学的にはこれを Spastic movement disorder(痙性運動障害) と呼び、「筋肉が硬い」というより「動かそうとした瞬間に邪魔が入る」状態です。
手・腕への影響:「伸ばす」「持つ」「放す」がすべて難しくなる
最もわかりやすいのが、腕や手の動作への影響です。
テーブルの上のコップを取ろうと手を伸ばすとき、肘や手首の「曲げ筋」が緩まずに収縮し続けるため、腕がスムーズに前に出ません。なんとか届いても、コップを握ってから「放す」動作がうまくいかず、運ぶ・置くという一連の流れが途切れてしまいます。
日常の場面でいうと——
着替えで袖に腕を通そうとしても、肘が曲がったまま緩まず通しにくい。顔を洗おうとしても、肘が十分に伸びないため水に手が届きにくい。さらに深刻なのは、手のひらが握り込んだまま開かない状態が続くと、指の爪が手のひらに食い込んで痛みが生じたり、手のひらが洗えずに皮膚炎が起きたりすることです。
歩行への影響:「足が出ない」「膝が曲がらない」
下肢でも同様のことが起きます。
歩くとき、足を前に振り出す瞬間は膝を曲げる必要があります。しかし相反抑制が低下していると、膝を曲げる筋肉と伸ばす筋肉が同時に働いてしまい、膝が突っ張ったまま曲がらなくなります。これが Stiff-knee gait(突っ張り歩行) と呼ばれる状態で、足を引きずるような歩き方になります。
また、足を前に踏み出す際に股関節を曲げようとすると、お尻の伸ばし筋が緩まず「足が重くて出しにくい」感覚が生じます。足首でも同じことが起きていて、蹴る筋肉と反らす筋肉が同時に収縮するため、足首の柔軟なクッション動作が失われ、バランスを崩しやすくなります。
見えにくい「二次的な問題」も大きい
筋肉が常に拮抗して力を入れ合っているということは、体は常に「綱引きの試合中」の状態です。動いていなくても筋肉がエネルギーを消耗し続けるため、疲れやすさや慢性的な痛みにつながります。
歩行のバランスが悪くなることで転倒リスクが高まり、骨折などの二次的な怪我も懸念されます。
そしてリハビリの観点から見ると、もっとも厄介なのが運動の再学習が難しくなる点です。意図した通りに体が動かない状態では、脳が「正しい動き」を記憶し直すことが難しくなります。リハビリで頑張っても成果が出にくい原因の一つが、ここにあります。
まとめ
相反抑制の低下が引き起こす問題を一言でまとめると、「動かそうとすると、必ず邪魔が入る」 状態です。
筋肉が硬い・動かない、という見た目の症状の裏側には、脳卒中によって壊れた「筋肉の譲り合いシステム」があります。これは意志の力や努力でどうにかなるものではなく、神経系の機能障害です。
患者さんが「なぜこんなに大変なのか」を周囲の人が理解するためにも、また患者さん自身が「自分の体で何が起きているか」を知るためにも、この仕組みを知っておくことはとても大切なことだと思います。

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