なぜ脳卒中(脳梗塞、脳出血)後の歩行は不安定になるのか?
脳卒中後の歩行障害は、単なる筋力低下や麻痺だけでは説明できません。
本質的な問題の一つが、予測的姿勢調節(Anticipatory Postural Adjustments:APA)の破綻です。
健常者の歩行では、脚を振り出す「前」に、
- 体幹筋
- 骨盤帯
- 支持側股関節周囲筋
が無意識下で先行収縮し、重心移動と支持基底面の再編成が起こります。
これがAPAです。
ところが脳卒中後では、この**「先行準備」が遅れる、もしくは消失**します。
結果として、
- 一歩目が出ない
- 振り出し側が重い
- 非麻痺側への過剰依存
- 歩行開始時のふらつき
といった臨床で嫌というほど見る現象が起こります。
APAと歩行開始のエビデンス
■ APAは「歩行開始のスイッチ」
Crenna & Frigo(1991)は、歩行開始時において
下肢の運動に先行して体幹・下肢近位筋のAPAが出現することを示しました。
これは歩行が「脚の運動」ではなく、全身の姿勢制御課題であることを意味します。
■ 脳卒中患者ではAPAが遅延・減弱する
Bruntら(1999)は脳卒中患者において、
- 歩行開始時のAPAの振幅低下
- 出現タイミングの遅延
- 左右非対称性
を報告しています。
特に非麻痺側への過度な荷重依存が、APA形成を阻害することが示唆されました。
■ APAの改善は歩行能力と相関する
Martinezら(2013)は、
APAの改善が歩行速度・歩幅・安定性の改善と有意に相関することを報告。
つまり、
APAが変わらない限り、歩行も頭打ち
これはデータで裏付けられています。
臨床介入:APAを「出させる」ために何をするか
① セラピストによる徒手的骨盤誘導
APAは「説明して出る」ものではありません。
身体感覚入力による誘発が必要です。
- 立位での骨盤前後・側方誘導
- 振り出し脚側への重心移動を“先行”して作る
- 体幹—骨盤—股関節の連動を徒手で提示
これは、Massion(1992)が提唱した
姿勢制御は感覚入力によって再編成されるという理論とも一致します。
② 非麻痺側依存を意図的に崩す
非麻痺側で「立ててしまう」患者は多い。
しかしそれはAPAを殺している状態。
有効なのは、
- 非麻痺側の支持を減らす環境設定
- 麻痺側への段階的荷重課題
- 非麻痺側の過剰筋活動を抑制しながらの歩行開始練習
Hodges & Richardson(1997)は、
過剰な共同収縮はAPAを阻害することを示しています。
③ 歩行開始課題を「分解」する
いきなり歩かせない。
- 立位での重心前方移動
- 片脚荷重での体幹安定化
- 股関節屈曲を伴わないAPA練習
これにより、
「踏み出す前に、身体が勝手に準備する」
状態を再学習させます。
APAを無視した歩行練習は、遠回り
正直に言います。
APAを無視して歩行練習を積み上げるのは、燃費の悪いリハビリです。
- 歩数は増える
- でも質は変わらない
- 転倒リスクは残る
逆にAPAが立ち上がると、
- 一歩目が軽くなる
- 体幹が安定する
- 歩行が「考えなくても出る」
ここまで一気に変わる。
まとめ
歩行を変えたいなら、脚を見るな。
歩く前の“準備”を変えろ。
APAは地味。でも、ここを外すと全部ズレる。
だからこそ、徒手・感覚入力・課題設定に価値がある。
参考文献(一部)
- Crenna P, Frigo C. J Physiol. 1991
- Brunt D et al. Arch Phys Med Rehabil. 1999
- Massion J. Physiol Rev. 1992
- Hodges PW, Richardson CA. J Physiol. 1997
- Martinez M et al. Gait & Posture. 2013
BESTest(Balance Evaluation Systems Test)― APAをどう評価できるのか ―
まず位置づけをハッキリさせる
BESTestは
❌ APAを直接(EMGやCOPみたいに)測る検査ではない
⭕ APAが破綻すると必ず崩れる課題を系統的に評価するテスト
つまり
「APAが機能しているかどうかを結果から逆算する評価」
BESTestの構造(APAに関係するのはここ)
BESTestは6つのシステムで構成される。
- Biomechanical Constraints
- Stability Limits / Verticality
- Anticipatory Postural Adjustments(←ここ)
- Reactive Postural Responses
- Sensory Orientation
- Stability in Gait
【核心】③ Anticipatory Postural Adjustments 項目
APAサブセクションの評価課題(代表)
- Sit to Stand 👉 座位から立位への立ち上がり
- Rise to Toe 👉 つま先立ち
- Stand on One Leg 👉 片脚立位
- Alternate Stair Touching 👉 交互段差タッチ(※「段差に左右交互に足を乗せる動作」)
👉 共通点は
「動く前に、姿勢を準備できているか」を見ていること。
APAとして見ている“中身”
BESTestのAPA項目で評価されているのは👇
| 観点 | APAとの関係 |
|---|---|
| 動作開始のスムーズさ | APAタイミング |
| 体幹・骨盤の安定 | 近位筋APA |
| 一歩目の軽さ | 重心移動APA |
| 非麻痺側依存 | APA左右非対称 |
つまり
APAが弱い人ほど、点数が落ちる構造。
論文的裏付け
■ BESTestの開発論文
📄 Horak et al., 2009, Phys Ther
- バランスを「6つの制御システム」に分解
- APAを独立した評価項目として明示
→ これ、かなり画期的。
■ 脳卒中患者での妥当性
📄 Chinsongkram et al., 2014, Arch Phys Med Rehabil
- BESTestは脳卒中患者の
- バランス障害
- 転倒リスク
を高い信頼性で評価可能
■ APAと歩行・転倒との関係
📄 Mansfield et al., 2015, Gait & Posture
- APA関連課題の低スコアは
- 歩行開始不安定
- 転倒リスク上昇
と関連
客観性はあるのか?
ある。条件付きで。
客観性の正体
- 明確な採点基準(0–3点)
- 再現性(ICC高値)
- システム別スコア化
📄 Padgett et al., 2012, J Neurol Phys Ther
→ 検者内・検者間信頼性ともに高い
ただし、弱点もハッキリ言う
BESTestの限界
- APAの
- タイミング(ms)
- 振幅(cm, μV)
は出ない
- 「なぜ点が低いか」は
観察者の解釈が必要
👉 だからBESTest“だけ”で完結させるのは危険。
臨床での正しい使い方
王道の組み合わせ
- BESTest(APAセクション)
+ - 歩行開始観察
+ - COP or IMU(あれば)
これで
主観 → 半客観 → 客観が一本でつながる。
BESTest(APA項目)の評価の本質
できる・できないは入口にすぎない
確かに課題自体は
- できる
- できない
に見える。
でも採点している中身は別物。
実際に評価しているのはこれ👇
① 動作開始の質(=APA)
- スッと動き出せるか
- 準備動作が見えるか
- 一瞬「固まって」から動いていないか
→ これはAPAのタイミング評価。
② 体幹・骨盤の安定性
- 動作前に体幹が崩れないか
- 骨盤が先に準備できているか
→ 近位部APA。
③ 代償戦略の有無
- 非麻痺側で踏ん張ってから動く
- 手で支える
- 反動をつける
→ APAが出ないから代償している証拠。
④ 左右差・非対称性
- 片脚立位で
- 麻痺側だけ極端に不安定
- 段差タッチで
- 非麻痺側ばかり優位
→ APAの左右不均衡。
BESTestの採点構造をハッキリさせる
各項目は 0〜3点。
| 点数 | 意味 |
|---|---|
| 3点 | 正常:スムーズ・安定・代償なし |
| 2点 | 軽度低下:時間かかる/わずかな不安定 |
| 1点 | 明らかな代償あり |
| 0点 | 実行不能/介助必要 |
👉 「できたけど1点」
👉 「できるけどAPAは壊れている」
これが普通に起こる。
実践的まとめ
BESTestは
「APAが壊れている患者を確実にあぶり出す検査」
- スクリーニング:◎
- 介入前後比較:◎
- メカニズム解釈:△(補助評価が必要)
主要参考文献
- Horak FB et al. Phys Ther. 2009
- Chinsongkram B et al. Arch Phys Med Rehabil. 2014
- Mansfield A et al. Gait & Posture. 2015
- Padgett PK et al. J Neurol Phys Ther. 2012


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