—電気鍼が有望と示された最新メタ解析(2025)ー
1. はじめに:手の回復が“最後まで残る課題”
脳卒中後に多くの人が苦しむのが「手の機能障害」。
ボタンを留める、箸を持つ、スマホを触る——これらができないことで日常生活の自立度(ADL)が大きく制限されます。
この最新のメタ解析(Frontiers in Neurology, 2025年5月) は、
「どの鍼の方法が手の回復に最も効果的か?」を、42件のRCT(2766名)を統合して検証しています。
2. 研究概要
対象:脳卒中後の手の運動障害を持つ患者 比較方法: 鍼治療(伝統的鍼・電気鍼・温鍼・火鍼・浮鍼など) vs 通常リハビリ/偽鍼 主な評価項目: Brunnstrom Stage(BRS)、Fugl-Meyer(FMA)、Modified Ashworth(MAS)、Barthel Index(MBI)など 総解析対象:42件のRCT(2,766人)
3. 主な結果
1. BRS(Brunnstrom Recovery Stage:手の運動段階)
- 改善値:+0.56(平均0.5段階アップ)
- 意味:
片麻痺の回復ステージ(1=全く動かない〜6=ほぼ正常)が、約半段階進む。
例えば「手指が少し屈曲できる段階(ステージ3)」から「随意的な伸展が少し出てくる段階(ステージ4)」へ進む程度。
👉 神経再教育の初期段階(粗大動作の回復)を後押しする効果がある。
2. Fugl-Meyer Assessment(FMA:上肢運動機能評価)
- 改善値:+1.24
- 意味:
肩・肘・手指の細かな協調運動をスコア化したテストで、1点=動作1項目の改善を示す。
+1.24点は一見小さく見えるが、神経可塑性が始動して随意運動が出てくる段階と重なる。
👉 実際の臨床では、「手を握る」「机に手を置く」「肘を少し動かす」といったレベルの変化を意味する。
3. MAS(Modified Ashworth Scale:筋緊張評価)
- 改善値:−0.48
- 意味:
数字が下がるほど痙縮(つっぱり)が軽減。
0.5段階分の改善=「強い抵抗があった関節が、軽く押せば動く」レベルの変化。
👉 筋緊張の抑制が確認され、運動療法を進めやすくなる。
4. ROM(Range of Motion:関節可動域)
- 改善値:+0.95
- 意味:
手首や指の関節の動く範囲が平均1SD分(およそ10〜15°程度)拡大。
👉 スパスティシティ緩和+筋伸張性改善の効果。
「手を開きやすくなる」「物を握るときの可動域が広がる」変化を反映。
5. MBI(Modified Barthel Index:ADL評価)
意味:
食事・更衣・整容などの日常生活動作が改善。
Barthel Indexで5点以上の変化は「介助量の明確な減少」を意味する。
👉 「食器を持てるようになった」「洗顔動作が一部自立した」など、生活レベルでの実感に直結する改善。
改善値:+6.7点
そして一番のポイント——
電気鍼(Electroacupuncture: EA)が伝統的鍼(TA)よりも有意に効果が高かった(p=0.008) 。
4. 電気鍼が優れていた理由
論文の考察では、EAが優位だった理由を神経生理学的メカニズムで説明しています :
電気刺激が皮質脊髄路を直接活性化し、可塑性を促す 刺激強度・周波数を定量化できるため、再現性が高い オペレーター依存性が低い(技術差が出にくい)
つまり「熟練の手技」ではなく、「物理的に再現できる神経刺激」としてEAは安定して効果を出せる、ということです。
5. 注意点と限界
ほとんどの研究が中国で実施され、盲検化が不十分 鍼の部位・深さ・頻度がまちまちで、標準化が課題 手技に熟練度の差があり、TAでは再現性が低い
つまり「効果はあるが、エビデンスの質には限界あり」。
6. 臨床家の視点:リハと鍼の“融合点”
この結果を鵜呑みにして「鍼だけで治る」と考えるのは危険。
でも、「リハビリの土台を整えるツール」としてはかなり有望です。
特に、
痙縮が強くて運動療法に入れない人 随意運動がわずかに残っている人 感覚入力を増やしたい段階
こうした患者に対して、電気鍼を運動療法の直前に入れることで、可塑性を引き出すブースターとして使える可能性があります。
7. まとめ
- 筋緊張が緩み(MAS↓) → 関節が動き(ROM↑) → 随意運動が出て(BRS・FMA↑) → ADLが向上(MBI↑)
という神経回復の自然な流れが鍼治療群で確認されたことを意味します。
特に電気鍼ではこの連鎖がより強く出ており、「痙縮抑制から動作再獲得へ」の橋渡し効果が期待できるという結果です。 - 特に「八邪+労宮の通電刺激」と「頭皮鍼(運動区)」の併用は、
脳卒中後の手の回復で最も頻出・効果的とされています。

