― なぜ「前腕回内」は起こるのか ―
脳卒中(脳梗塞、脳出血)後の片麻痺上肢では、
前腕が回内し、肘が曲がり、手が握り込まれる
という特徴的なパターンがよく見られます。
この現象は、
「回内筋が硬いから」
「ストレッチ不足だから」
といった末梢の問題だけでは説明できません。
実際には、中枢神経レベルの制御破綻が深く関与しています。
1. 痙縮とシナジーは「中枢の失バランス」で起こる
痙縮の基本理論
痙縮(spasticity)は、
上位運動ニューロン障害によって生じる代表的な症状です。
中枢神経が障害されると、
- 皮質からの抑制入力が低下
- 伸張反射が過剰に亢進
- 結果として反射性の筋緊張が高まる
という状態になります。
しかし、これだけでは片麻痺上肢の動きは説明しきれません。
2. 片麻痺上肢では「分離運動の消失」が同時に起きる
脳卒中(脳梗塞、脳出血)後の上肢では、
- 関節ごとの分離運動が困難になる
- 動きがsynergy(協同運動パターン)に支配される
という特徴が見られます。
特に多いのが屈曲シナジーです。
屈曲シナジーの特徴
- 肩:内転・内旋
- 肘:屈曲
- 前腕:回内
- 手関節・手指:屈曲
つまり、
上腕・前腕・手指が一塊で同時に動く状態です。
これもBrunnstromの回復理論として整理されており、
単なる経験談ではなく、回復過程そのものを示しています。
3. 本質は「大脳皮質のブレーキが外れた」こと
ここが最重要ポイントです。
脳卒中によって起きているのは、
- 大脳皮質・皮質脊髄路(CST)の機能低下
- 分離運動を司る抑制系の破綻
その結果、
👉 代償的な運動回路が前面に出てくる
という現象です。
4. 皮質脊髄路が壊れると、運動制御はどう変わるか
皮質脊髄路(CST)は、
- 分離運動
- 精密な筋活動調整
- 不要な筋活動の抑制
を担う経路です。
これが障害されると、
- 網様体脊髄路
- 前庭脊髄路
といった姿勢・協同運動優位の回路が運動を担うようになります
(PMC掲載論文より)。
この回路の特徴
- 大筋群をまとめて動かす
- 姿勢保持を優先
- 細かい分離制御は苦手
結果として、
👉 synergy優位の運動パターン
👉 肘屈曲+前腕回内
が「安全でエネルギー効率の良い選択肢」として選ばれます。
5. 近位が不安定だと、synergyはさらに強まる
ここで重要なのが体幹・肩甲帯です。
「近位が安定すれば遠位が動く」
これは理学療法ではおなじみの考え方ですが、
データとしても裏付けがあります。
G. Liuら(2021)
上肢運動中に、
- トランクと肩の安定を確保しない場合
→ 屈曲シナジーが顕著に出現
逆に、
- 体幹・肩甲帯を安定させると
→ synergyの表出が抑制される
という結果が示されています(Europe PMC)。
つまり、
近位の不安定さが、遠位の異常運動を助長する
ということです。
6. 体幹・肩甲帯は「ブレーキ装置」でもある
さらに近年の研究では、
- 中枢介入(tDCSなど)によって
- 上肢機能が改善すると同時に
- トランク補償(不安定な代償運動)が減少する
ことが示されています(Liaoら 2025, SpringerLink)。
これは、
👉 体幹制御の改善=synergyの減少
を意味します。
体幹・肩甲帯は、
単なる土台ではなく、
過剰なsynergyを抑えるブレーキとして機能している
と考えられます。
7. なぜ「前腕回内」として現れるのか
前腕回内は、
- 回内筋が特別に強化された結果
ではありません。
皮質制御が低下すると、
- 本来CSTが抑えていた回内筋活動が出やすくなる
- 同時に、回外筋への随意的な賦活が入りにくくなる
その結果、
- 肩・体幹が不安定
- 肘が屈曲位
- 回外の皮質入力が届かない
という条件がそろい、
👉 反射性・synergy由来の回内が前面に出る
という現象が起きます。
8. Brunnstrom理論が示す「回復の道筋」
Brunnstromは、
- 回復初期:synergy支配
- 中期:synergyからの分離
- 後期:分離運動の獲得
という段階を示しました。
これは単なる分類ではなく、
👉 中枢神経制御が再構築されていく過程
そのものを表しています。
前腕回内が強いということは、
まだ分離制御のステージに到達していない
というサインでもあります。
まとめ
- 痙縮もsynergyも、原因は筋ではない
- 大脳皮質の抑制低下と代償回路の亢進が本質
- 近位(体幹・肩甲帯)が不安定な限り、synergyは強まる
- 前腕回内は「結果」であり「原因」ではない
だからこそ、
👉 前腕だけを治そうとしても限界がある
👉 体幹・肩甲帯から整えることが、回内を外す近道
になる。


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