背景
脳卒中は世界的に死亡原因の第2位を占め、長期的な機能障害を残す主要な疾患です。近年、「腸と脳のつながり(腸–脳軸)」が脳卒中の予後に関与することが報告され、腸内環境の調整が神経回復に寄与する可能性が注目されています。
脳卒中後には、腸内細菌のバランスが崩れ、善玉菌(乳酸菌やビフィズス菌)が減少し、有害菌(大腸菌群など)が増加します。その結果、腸のバリア機能が弱まり、毒素が血液に流れ込みやすくなり、全身の炎症や脳の炎症が悪化することが分かっています。
鍼灸の作用メカニズム
研究によって、鍼灸は腸内環境を整え、腸–脳のつながりを介して脳の回復を助ける可能性が示されています。主な働きは以下の通りです:
- 迷走神経を介した抗炎症作用
→ 炎症を起こす物質(インターロイキン6、TNF-αなど)を抑え、炎症を抑える物質(インターロイキン10)を増やす - 炎症を引き起こすシグナル経路(TLR4/NF-κB経路)の抑制
→ 脳の炎症や酸化ストレスを減らし、神経を守る代謝物(短鎖脂肪酸など)を増やす - 腸のバリア機能を強化
腸の細胞同士をつなぐ「タイトジャンクション」というたんぱく質を増やし、毒素の血液への侵入を防ぐ
また、鍼灸により善玉菌(ビフィズス菌や乳酸菌)が増え、短鎖脂肪酸の産生や脳を育てるたんぱく質(脳由来神経栄養因子=BDNF)の増加も確認されています。
臨床研究の成果
- 便秘を合併する脳卒中患者(80名対象の臨床試験)
鍼灸を受けた患者では、有害菌の減少、善玉菌の増加、排便機能の改善がみられました。 - 認知機能障害のある患者(52名対象の臨床試験)
百会や合谷などの経穴を用いた治療で、認知機能テスト(MoCAやMMSE)のスコアが有意に改善し、同時に腸内環境の多様性も向上しました。
これらは小規模研究のためさらなる検証が必要ですが、鍼灸が腸内環境を介して脳卒中リハビリに役立つ可能性を示しています。
今回の研究に登場した主な経穴
① 脳卒中後の便秘に用いられた経穴
- 水道(ST28)
- 帰来(ST29)
② 脳卒中後の認知機能障害に用いられた経穴
- 百会(GV20)
- 合谷(LI4)
- 足三里(ST36)
- 太衝(LR3)
※論文中では「合谷(LI4)、足三里(ST36)、百会(GV20)、太衝(LR3)などを組み合わせた治療法」で認知機能改善が報告されています。
③ 動物実験や臨床例で頻用された経穴
- 四関(合谷+太衝の組合せ)
- 頭皮鍼(前頭葉・運動区などを含む)
今後の課題
- 鍼灸研究の標準化(経穴の選び方、施術回数、刺激方法の統一)
- 大規模な臨床試験による再現性の確認
- 治療効果を予測できる指標(腸内細菌の種類、短鎖脂肪酸、炎症マーカー)の探索
- 他の治療法との比較を含めた費用対効果の分析
まとめ
鍼灸は「腸–脳のつながり」を介して炎症を抑え、腸内環境を改善することで脳卒中のリハビリに役立つ可能性が示されています。現段階では補完的な治療の位置づけですが、免疫の調整・神経の保護・腸内環境改善を同時に狙える治療法として期待されています。
今後は、大規模で質の高い臨床研究を通じて、最適な治療方法や効果を裏付けるデータを積み重ねていくことが重要です。


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