なぜ「姿勢を正すだけ」では意味がないのか

姿勢

――運動学習(motor learning)の視点から

① 介入しても、生活が変わらなければ必ず戻る

― Kleynen et al., 2014

Kleynen et al. (2014) は、リハビリテーションにおける**運動学習(motor learning)の転移(transfer)と汎化(generalization)**をテーマにしたレビューです。

この論文で繰り返し強調されているのが、次のポイント。

運動は「文脈依存」で学習される

脳は運動を

  • どんな環境で
  • どんな目的で
  • どんな感覚入力と一緒に

行われたかをセットで記憶します。

つまり、

  • ベッド上
  • 治療室
  • セラピストの手で誘導

この条件下で学習された姿勢や動きは、

日常生活という「別文脈」にはほぼ転移しない。

反復回数の問題

Kleynenらは、運動学習に必要な反復回数についても言及しています。

  • 日常動作:1日数百〜数千回
  • セラピー内:数回〜数十回

勝負になりません。

脳は単純にこう判断します。

「頻繁に使われる方が“正解”」

結果、

生活で使われている姿勢=脳にとっての正解姿勢

として固定され続けます。

② 短期的な姿勢矯正は、脳にとって「無意味」

― Moseley, 2006

Moseley (2006) は、痛み研究の文脈で有名ですが、

本質は運動表象(motor representation)と学習の条件にあります。

脳は「意味」と「結果」で学習する

Moseleyは、脳が運動を学習する条件として、

  • その運動が目的達成に貢献したか
  • その結果、安全・快適・効率的だったか

を重視すると述べています。

ここで姿勢矯正を当てはめると…

  • 姿勢を正しても
  • 生活課題(座る・歩く・作業する)は
  • 別に困らず達成できている

脳からすると、

「姿勢を変えなくても、課題はクリアできてるよね?」

→ 学習価値ゼロ

痛み・不快感がない限り、変更する理由がない

脳は基本的に保守的です。

  • 痛みがない
  • 危険がない
  • 成果が出ている

この3条件が揃うと、

運動戦略を変える理由が消えます。

だから短期的な姿勢修正は、

  • 気持ちはいい
  • 見た目は整う

でも脳にとっては

「行動戦略を書き換えるほどのイベントではない」

③ 意識は弱い。習慣は圧倒的に強い

― Graybiel, 2008

Graybiel (2008) は、習慣形成を担う**大脳基底核(basal ganglia)**の役割を詳細に示した名論文です。

習慣化された運動の特徴

論文では、習慣化された運動は:

  • 意識的な意思決定を介さない
  • 開始と終了の「合図」だけで実行される
  • 実行中の修正がほぼ行われない

とされています。

姿勢で言えば、

  • 椅子に座る
  • スマホを見る
  • 立ち上がる

この「合図」が入った瞬間に、

いつもの姿勢プログラムが自動再生される。

前頭前野 vs 大脳基底核

意識的な姿勢修正は前頭前野。

習慣化された姿勢は大脳基底核。

神経回路の特徴として、

  • 前頭前野:疲れる・注意が切れる
  • 大脳基底核:省エネ・高速・無意識

勝負になりません。

だから「気をつけてください」は、

脳の構造上、負け戦

3つの論文から導かれる共通結論

3本の論文を重ねると、答えは極めて明確です。

姿勢が変わらない理由は3つ

  1. 生活文脈で使われていない(Kleynen)
  2. 課題達成に不要で、意味づけされない(Moseley)
  3. 習慣回路が自動再生される(Graybiel)

つまり、

姿勢が戻るのは「失敗」ではなく

脳にとっては正常反応

本当の姿勢介入とは何か

姿勢は

  • 正すものではない
  • 教えるものでもない

「生活の中で学習させるもの」

具体的には:

  • 姿勢を変えないと課題ができない
  • その姿勢の方が楽・安全・効率的
  • それが日常で何百回も起こる

この条件が揃ったとき、

初めて脳は姿勢を書き換えます。

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