〜線維化した膝蓋下脂肪体(IPFP)へのリハビリ戦略〜
膝の前が痛い。
正座がつらい。
伸ばし切ると詰まる感じがする。
このとき、多くの人は「軟骨」「半月板」「膝蓋骨のズレ」を疑います。
しかし見落とされやすい重要な組織があります。
それが 膝蓋下脂肪体(IPFP:infrapatellar fat pad) です。
IPFPは単なるクッションではなく、
👉 強力な痛みの発生源
👉 炎症を作る代謝組織
👉 可動域制限の原因
という三重の役割を持つ“アクティブな組織”です。
膝蓋下脂肪体(IPFP)は、膝関節内の膝蓋骨(お皿)の下、膝蓋腱の深層に位置する脂肪組織であり、膝の痛みや変形性膝関節症(膝OA)において非常に重要な役割を果たしています。
主な関与の仕方は以下の通りです。
1. 膝関節における強力な痛み発生源
IPFPは膝関節の中で最も痛みを感じやすい組織の一つとされています。これは、痛みを伝える神経線維(サブスタンスP陽性のペプチド性C線維)が豊富に分布しているためです。そのため、膝前面の痛みの主要な原因となります。
2. 変形性膝関節症(膝OA)を進行させる代謝的な役割
近年の研究で、IPFPは単なるクッションではなく、「活動的な炎症性組織」として膝OAの病態に関与していることが明らかになりました。
炎症物質の分泌:
膝OA患者のIPFPには、マクロファージやリンパ球などの免疫細胞が浸潤しています。これらの細胞と脂肪細胞が、インターロイキン(IL-1b, IL-6)や腫瘍壊死因子(TNF-a)といった炎症性サイトカイン、さらにレプチンやアディポネクチンなどのアディポカインを分泌します。
軟骨の破壊:
IPFPから分泌されたこれらの物質は滑液中に放出され、軟骨を分解する酵素(MMPなど)の産生を促したり、軟骨マトリックスの合成を阻害したりすることで、関節軟骨の変性と破壊を直接的に進行させます。
3. インピンジメント(挟み込み)による痛み
IPFPは膝の動きに合わせて柔軟に形を変えることで、膝蓋大腿関節(PFJ)の衝撃を吸収するショックアブソーバーの役割を果たしています。しかし、以下の原因で痛みを引き起こします。
ホッファ病(Hoffa’s disease):
急性外傷や繰り返される微細外傷によってIPFPが肥大・炎症・出血を起こし、関節の隙間に挟み込まれて痛みが生じる病態です。
柔軟性の低下:
炎症の慢性化や関節の不活動(動かさないこと)によってIPFPが線維化し硬くなると、膝を伸ばす際の移動がスムーズにいかなくなります。その結果、組織内の圧力が高まったり、周辺組織と摩擦(挟み込み)を起こしたりして、膝を伸ばした時や深く曲げた時の痛みの原因になります。
4. 関節拘縮(動きの制限)への関与
関節を長期間固定したり動かさないでいたりすると、IPFPの脂肪細胞は萎縮し、代わりにコラーゲン線維などの結合組織が増えて硬くなります(線維化)。この硬くなったIPFPは、膝蓋骨がスムーズに動くのを妨げ、膝が曲がりにくい、あるいは伸びにくいといった関節拘縮の重要な制限因子となります。
このように、膝蓋下脂肪体は神経学的な痛みの源であると同時に、炎症を制御する内分泌器官としての側面も持ち、膝の機能維持と疾患の進行の両方に深く関わっています。
線維化した脂肪体の柔軟性を取り戻すリハビリはありますか?
線維化した膝蓋下脂肪体(IPFP)の柔軟性を取り戻し、機能を改善するためのリハビリテーション手法は、ソースにおいていくつか具体的に紹介されています。
主なアプローチは、徒手的なモビリゼーション(ほぐし)、脂肪体の移動を促す運動療法、および早期の筋収縮訓練の3点に集約されます。
1. 徒手療法(ダイレクトなほぐしと移動)
硬くなった脂肪体そのものに直接働きかけ、柔軟性と滑走性を引き出す手技です。
- 直接的なマッサージ: かたくなった膝蓋下脂肪体を指先などで直接ほぐす方法があります。
- 左右への動かし: 膝蓋骨を下方へ誘導して膝蓋腱の緊張を緩めた状態で、脂肪体を左右に動かすことで柔軟性を改善させます。
- 膝蓋骨のモビリゼーション: 膝蓋骨自体の「滑り運動」を他動的に行うことで、付随するIPFPの粘弾性や伸張性を間接的に高めます。
2. 運動療法(機能的な変形の再獲得)
脂肪体は膝の動きに合わせて形を変える組織であるため、その動態を再現する練習が行われます。
前方移動の誘導エクササイズ: 膝を伸ばす際、IPFPは後方から前方へ移動します。この動きを促すため、軽度屈曲位から膝を伸展させる運動を行い、脂肪体に「助走」をつけて前方へ移動させるイメージで練習します。
- 大腿四頭筋セッティング(パテラセッティング): 膝を伸ばして力を入れる訓練は、脂肪体の滑走性を維持し、瘢痕化(線維化)を予防するために極めて重要です。
- 圧迫下での自動介助運動: 徒手的に圧迫を加えた状態で膝の屈伸を繰り返すアプローチは、組織の循環を促し、将来的な硬化(線維化)の要因となる腫れを軽減させる効果があります。
3. 物理療法の併用
徒手療法や運動療法の効果を高めるための準備として行われます。
- 温熱療法: ホットパックなどで組織を温めることで、脂肪体を含む軟部組織の粘弾性を上昇させ、伸張を出しやすくします。
- 超音波療法: 非温熱または温熱効果を目的として、脂肪体周囲の癒着や硬化に対して使用されることがあります。
リハビリにおける重要な視点
- 早期介入の重要性: 膝の不活動(動かさない状態)が続くと、脂肪細胞が萎縮してコラーゲン線維などの結合組織が増生し、線維化が進みます。ラットを用いた研究では、自然な再可動だけでは脂肪体の線維化は回復しにくいことが示されており、可動域運動などの積極的な介入が必要とされています。
- 浮腫の管理: 手術後などの早期段階で浮腫(腫れ)を丁寧に取り除くことは、脂肪体周囲の環境を整え、その後の線維化や可動域制限を防ぐことにつながります。
このように、線維化した脂肪体に対しては、「直接触れて動かすこと」と「筋肉の収縮を利用して組織を滑らせること」を組み合わせたリハビリテーションが有効です。

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