首を反らすと肩甲骨が痛い?

姿勢

―頸部伸展時肩甲骨痛のメカニズムとリハ・鍼灸アプローチ―


◆ はじめに

「首を後ろに反らすと肩甲骨のあたりがズキッと痛む」――そんな訴えを耳にしたことはないでしょうか。
首(頸部)の動きなのに、痛みの出る場所は肩甲骨周辺。実はこの“ズレたような痛み”には、明確なメカニズムがあります。

単なる「肩こり」では済まないことも多く、神経根障害、椎間関節障害、筋膜連鎖異常など、複数の原因が絡み合います。
今回は研究10本をもとに、頸部伸展で肩甲骨痛が出る理由と、臨床的アプローチを整理します。


◆ ① 神経根性の肩甲骨痛 ― “前兆”としての痛み

2025年のスコーピングレビュー(Carmichaelら)によると、頸椎神経根症(C5〜C7)では、肩甲骨痛が腕のしびれより先に出現することがあると報告されています。
椎間孔が狭くなり、神経根が伸展動作で圧迫されると、肩甲骨周囲へ放散痛が生じるのです。

臨床的には、

  • 首を反らすと肩甲骨の内側や上角がズキッと痛む
  • 肩甲骨痛→数日後に腕や手のしびれが出てくる
    このような経過なら、単なる筋痛ではなく神経根機序を疑うべきです。

◆ ② 椎間関節由来 ― 伸展で痛みが誘発される典型パターン

頸椎の椎間関節(Z-joint)は、伸展・回旋時に関節包が圧迫されやすい構造です。
1990年代からの古典的研究(Bogdukら)では、正常者に関節包を刺激すると肩甲骨内側縁への放散痛が再現されました。

つまり「首を反らすと肩甲骨が痛い」という症状は、関節包性リファー痛としても説明可能。
スパーリングテストで痛みが肩甲骨方向に走る場合は、関節起源の可能性を強く考えるべきです。


◆ ③ 肩甲骨と頸部の連動 ― “二人三脚”の関係

姿勢と筋活動の研究(Gaffneyら, 2014)では、前方頭位や肩甲骨外転姿勢になると、僧帽筋上部や肩甲挙筋が過活動化し、筋バランスが崩れることが示されました。
この状態で頸部を伸展すれば、筋膜の張力が肩甲骨内側縁に集中し、痛みとして感じやすくなります。

さらに、2025年のTianらによる実験では、「頸部伸展タイプ」の患者に対し、頸部+肩甲骨安定化エクササイズを組み合わせることで、僧帽筋の圧痛閾値が有意に改善
頸部伸展痛には「肩甲骨の制御」がカギだと、エビデンスも裏付けています。


◆ ④ 肩甲骨安定化エクササイズの効果

複数のRCT(Khanら, 2024 ほか)で、肩甲骨安定化トレーニングが慢性頸部痛に有効と報告されています。
具体的には、

  • 頸部痛スコア(NPRS)↓
  • 障害度指数(NDI)↓
  • 頸部伸展・回旋ROM↑
    と、臨床的にも使いやすい結果。

肩甲骨の安定化は、頸部伸展での「余分な負荷」を減らし、筋・神経の張力を緩和するためです。
訪問リハや自費リハでも、「肩甲骨の位置を戻す運動」が頸部伸展痛に有効であることは確実といえます。


◆ ⑤ 肩甲背神経絞扼 ― 隠れた犯人

「神経根でも関節でもない、でも肩甲骨内側が痛い」。
そんな時に見落とされがちなのが肩甲背神経(Dorsal Scapular Nerve)
この神経は肩甲挙筋や菱形筋を支配し、首〜肩甲骨間を走行します。
姿勢不良や筋過緊張で絞扼されると、肩甲骨内側縁に限局する鋭い痛みを起こすのが特徴。
頸部伸展や深呼吸、姿勢変化で増悪するなら、この神経障害も鑑別に入れてください。


◆ ⑥ 「肩甲骨を動かす首のリハ」という考え方

これまでの研究を総合すると、頸部伸展時痛の背景には次のような連鎖があることが分かります。

姿勢の崩れ(前方頭位)  
 → 肩甲骨外転・下制・前傾  
 → 肩甲挙筋・僧帽筋上部の過緊張  
 → 頸部伸展で筋膜が牽引  
 → 肩甲骨周囲に痛み出現

つまり首を治すには「肩甲骨を正しく使う」ことが必須。
理学療法では肩甲骨安定化運動、鍼灸では肩甲挙筋・菱形筋・僧帽筋上部の緊張緩和を組み合わせると相乗効果が得られます。


◆ ⑦ 鍼灸+運動療法の併用プラン(実践例)

段階目的アプローチ
① 評価痛み誘発動作と姿勢を確認頸部伸展、スパーリング、肩甲骨動態、筋触診
② 鍼灸過緊張筋・トリガーポイントの緩和肩甲挙筋・僧帽筋上部・菱形筋・頭長筋・頸長筋
③ 運動肩甲骨安定+頸部深層筋の再教育Scapular setting、chin tuck+胸椎伸展
④ 生活指導姿勢と環境修正モニター高さ調整、頸部過伸展回避、呼吸指導

この流れで多くの症例は、「反らしても痛くない肩甲骨」へと変化していきます。


◆ ⑧リハりん式まとめ

あなたが臨床で遭遇する「首を反らすと肩甲骨が痛い」患者。
それはただの“肩こり”ではなく、
頸部–肩甲帯のシステムエラーかもしれません。

  • 神経根・椎間関節・DSNの鑑別を怠らず、
  • 肩甲骨の安定性を回復させ、
  • 必要なら鍼で筋膜の制御を取り戻す。

それだけで、動作時痛は劇的に軽減します。


◆ ⑨ 参考文献

  1. Carmichael J et al. Scapular pain in cervical radiculopathy: a scoping review. NASS J 2025.
  2. Bogduk N et al. Cervical zygapophysial joint pain maps. Pain Med 2007.
  3. Gaffney BM et al. Associations between cervical and scapular posture and trapezius muscle activity. 2014.
  4. Chen Y et al. Effects of scapular treatment on chronic neck pain. BMC Musculoskelet Disord 2024.
  5. Khan MA et al. Scapular stabilization program for chronic neck pain. J MSR 2024.
  6. Tian Q-S et al. Combined cervical and scapular stabilization exercises in extension type. 2025.
  7. The Nerve Review 2025. Conditions mimicking cervical radiculopathy.
  8. Bogduk N et al. Cervical zygapophyseal joint pain patterns I. Pain 1990.
  9. Bisen RR et al. Cervical proprioception and scapular dyskinesis correlation. 2024.
  10. DSN Neuropathy Review 2017, PMCID : PMC5808152.

まとめ一句:
“首を治すには肩甲骨を診よ。肩甲骨を診るには首を忘れるな。”

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