― エビデンスを全部まとめて分かりやすく解説 ―
抗がん剤の治療が終わった後も、
「手足のしびれが抜けない」「ビリビリ・ジンジンが続く」「日常生活に影響が出ている」
そんな悩みを抱える人は非常に多い。
実はこの症状、医学的には
CIPN(Chemotherapy-Induced Peripheral Neuropathy:化学療法誘発性末梢神経障害)
と呼ばれ、タキサン系(パクリタキセル)、プラチナ系(オキサリプラチン)、ボルテゾミブなどの抗がん剤でよく起きる。
そして近年、このCIPNに
鍼灸が“かなり有望”
というエビデンスが世界的に一気に増えてきた。
本記事では、
最新のRCT(ランダム化比較試験)+メタ解析+実際に使われたツボ(経穴)+効果の程度
まで、全部まとめて解説する。
◆ メタ解析(Meta-analysis)とは?
【一言で言うと】
「いろんな研究をまとめて“結局どうなの?”を出す作業」
【もうちょい具体的に言うと】
世の中には、
- 効いた研究
- 効かなかった研究
- 微妙だった研究
がバラバラに存在する。
それを全部かき集めて、
「全体として見たら効果あるの?ないの?」
を統計的にまとめ直す。
【例えるなら?】
あなたがラーメン屋を選ぶとする。
- Aさん「うまい」
- Bさん「普通」
- Cさん「微妙」
- Dさん「めっちゃうまい」
- Eさん「イマイチ」
このレビューを全部まとめて
「平均すると ★3.8 くらいで、まあまあ良店」
と評価するのがメタ解析。
“多くの研究を合体させて、より信頼できる答えを出す方法”
これがメタ解析。
◆ RCT(ランダム化比較試験)とは?
【一言で言うと】
「一番ケンカ強い研究デザイン」
【もう少し丁寧に言うと】
RCT は、参加者を
- 鍼を受けるグループ
- 受けない(または偽物の鍼を受ける)グループ
に ランダム(くじ引き) で分ける。
なぜランダムにするか?
→ “たまたま効きやすい人だけ鍼に入る”みたいな偏りを消すため。
【例えるなら?】
同じ教室で「サプリで頭が良くなるか」を調べたい。
- 賢い子だけにサプリ → そりゃ良くなるよね
- 勉強熱心な子だけにサプリ → そりゃ成績上がるよね
これだと不公平。
だから全員くじ引きで
- サプリあり
- サプリなし
に割り振る。
これが RCT=一番フェアな勝負。
【結果が信用される理由】
ランダムだから
- 体質
- 性格
- やる気
- 偶然の差
がならされて、純粋に
「治療そのものの効果」
を測れる。
医学研究では
“RCT はエビデンスの王様”
と言われる。
1. まず結論:鍼灸はCIPNの“痛み・しびれ・生活のしやすさ”を改善する
直球で答えるとこうなる。
- 痛み・しびれが中等度レベルで改善する
- QOL(生活のしやすさ)も改善する
- 神経伝導の完全な回復まではデータ不足
- 重い副作用はほぼなし
- 予防としても有望(研究中)
要するに——
「効きそうだから選択肢として普通にアリ。ただし“完治薬”とは言わない。」
この立ち位置。
2. 世界の研究は何を示している?
【メタ解析①】Hwang 2020(Medicine)
CIPNに対する鍼治療の6つのRCT、計386人をまとめた研究。
- 痛み・しびれスコア → 有意に軽減
- QOL → 改善
- 神経伝導速度 → 明確な改善はまだなし
- 副作用は軽微(痛み・内出血程度)
→ “症状と生活の改善”にはかなりの期待が持てる。
【メタ解析②】Jin 2020(ECAM)
CIPNの鍼治療を統合したメタ解析。
- 症状スコア(NRS、FACT/GOG-Ntx) → 中等度で改善
- 安全性:重篤な有害事象ゼロ
- 鎮痛効果が安定して出る
→ 効果も安全性も十分に期待できる
【メタ解析③】Pei 2023 ほか(最新)
2023〜2024でSR/メタ解析が急増。
総まとめではこんな感じ:
- CIPN症状:中等度改善
- 痛み:有意に減少
- QOL:改善
- 電気鍼(EA)が最も有望という報告あり
- 2025 “dose–response解析”では
「頻度と期間が長いほど改善が大きい」
→ 8〜12週以上続けると効果が上がることが判明。
3. 「実際のRCTでどれくらい良くなったの?」
ここが一番大事。
ガチのRCTでどう改善したのか、ちゃんと数字で出す。
【RCT①】Bao 2020(JAMA Network Open)
実鍼 vs シャム鍼 vs 通常ケアの3群比較(75人)
◆痛み(NRS)
- 実鍼:−1.75
- シャム:−0.91
- 通常ケア:−0.19
ベースが4前後だから、
実鍼は約40%の改善。
◆しびれ(NRS)
- 実鍼:−1.54
- シャム:−1.52
- 通常ケア:+0.57
しびれも下がっている。
◆使ったツボ
耳鍼+体鍼+電気鍼のコンビ
- 耳:神門、ポイントゼロ
- 体:
- 合谷(LI4)
- 内関(PC6)
- 太衝(LR3)
- 八風(足趾の間)
- 豊隆、地五会など
- 電気鍼:太衝–地五会間、2〜5Hz、20分
→ CIPN向けの“王道セット”と言って良い構成。
【RCT②】D’Alessandro 2019(ボルテゾミブ CIPN)
- 鍼治療群で痛み・しびれ・生活のしやすさが改善
- 副作用なし
→ パイロットながら、後続研究の基盤に。
【RCT③】Stringer 2022(10週間の鍼治療)
- 10週間の継続で痛みも機能も有意に改善
- フォローアップでも効果持続
→ 長期間の鍼治療がより有効という傾向。
4. 「予防としての鍼」はどうか?
これ実は最近かなり熱いテーマ。
【RCT(予防)】Huang 2023(大腸がん)
化学療法(FOLFOXなど)と並行して鍼治療。
- CIPNの発症率が低い
- 発症しても重症度が軽い
- 神経伝導の悪化も軽度
→ 予防としても“効くかもしれない”段階に到達してきた。
日本でも多施設RCTが進行中
AcuNEXT(UMIN000038108)
- タキサン系抗癌剤のCIPNに対する鍼治療
- 結果待ちだが、日本の大規模鍼RCTとして超重要
5. 論文で使われる“定番のツボ”まとめ
CIPNに使われるツボには一定の傾向がある。
◆上肢系
- 合谷(ごうこく / LI4)
- 曲池(きょくち / LI11)
- 外関(がいかん / SJ5)
- 後渓(こうけい / SI3)
◆下肢系
- 足三里(あしさんり / ST36)
- 三陰交(さんいんこう / SP6)
- 太衝(たいしょう / LR3)
- 陽陵泉(ようりょうせん / GB34)
- 豊隆(ほうりゅう / ST40)
- 八風(はっぷう:足指の間)
◆耳鍼
- 神門(しんもん)
- ポイントゼロ
◆電気鍼(EA)
- 2〜5Hzの低頻度
- 刺激時間:20分程度
- 太衝–地五会あたりをつなぐパターン多い
6. 効果の「大きさ」はどれくらい?
全研究をまとめて、ざっくり星で示すとこうなる。
- 痛み軽減:★★★★☆(中等度の確かな効果)
- しびれ改善:★★★☆☆(改善するが個人差あり)
- QOL改善:★★★★☆
- 神経伝導速度:★★☆☆☆(まだデータ不足)
- 安全性:★★★★★(重篤な副作用ほぼなし)
しびれ完全ゼロよりも、痛み・生活のしやすさの改善が先に出る。
7. どのくらい通えば良い?
メタ解析の“dose–response”結果ではこう。
※dose–response解析とは・・・「鍼をたくさん受けた人ほど、よりよく改善しているか?」
を調べる統計解析。
- 8〜12週間以上
- 週1〜2回が基本
- 「続けた分だけ改善が大きい」傾向
CIPNは神経の回復が遅いので、
短期で“劇的に”は狙わず、地道に積み重ねる方が成功しやすい。
8. 鍼灸は安全?
総研究を通して、
重篤な有害事象はほぼゼロ。
あるとすれば:
- 内出血
- 軽い痛み
- 倦怠感
くらいで、数日で消えるもの。
がん治療後の場合、
- 皮膚の脆弱性
- 好中球減少
- 出血リスク(抗凝固薬など)
は必ず確認しながら施術する必要がある。
主治医と並行して管理するのが鉄則。
9. 鍼灸が“効く理由”(メカニズム)
CIPNの改善には複数のメカニズムが関与するとされる。
- 血流改善(末梢神経の血液供給アップ)
- 神経性炎症の抑制
- 脊髄レベルの痛覚抑制(ゲートコントロール)
- 脳の痛みネットワーク調整(fMRIで確認)
- 抗酸化作用の促進
- シナプス可塑性の改善
特に
「電気鍼(EA)は神経の可塑性に強く作用する」
という報告が多く、CIPNと相性が良い。
10. まとめ:CIPNで困っているなら“鍼は真っ先に試す価値あり”
最後に本質だけまとめる。
- 抗がん剤のしびれは薬だけでの治療が難しい
- 鍼灸は
- 症状改善(痛み・しびれ)
- 生活のしやすさ改善
- 副作用ほぼなし
というバランスの良さ
- 8〜12週間続けると効果が出やすい
- 日本でも大規模RCTが進行中で、今後さらに確度が上がる見込み
- 完全な“神経再生”のデータはまだ不足
→ 過度な期待ではなく「確実に生活をラクにする目的」で使うのが正解
◆ なぜ NRS −1 が “意味ある” と扱われるのか?
① CIPNそのものが「治りにくい」「薬が効きにくい」
抗がん剤による神経障害は
一般的な痛みより圧倒的に改善しづらい。
医療側としては、
- 1~2 の改善すら難しい
- 完全に0に戻ることはほぼない
という現実がある。
そのため、
NRS −1〜−2 でも「臨床的に意味がある改善」(MCID) と扱われる。
② CIPNのMCID(Clinically Important Difference)が “約1〜2” とされている
MCID=患者が「改善した」と体感できる最小変化量。
論文では、
CIPNの痛み・しびれにおけるMCID は −1〜−2 程度
とされる(複数の疼痛研究で共通)。
つまり、
NRS −1 は“一応”そのラインに入っている。
もちろん「体感は人による」けど、医学的な基準としてはそう扱われる。
③ 通常ケアだと NRS −0.1 や +0.5(むしろ悪化)が普通
Bao 2020 の対照群は
- 実鍼:−1.75
- シャム:−0.91
- 通常ケア:−0.19(ほぼ変わらず)
CIPNは自然経過で改善しにくいので、
対照群はほぼ動かない。むしろ悪化することもある。
だから、
「何もせず変わらない症状が、鍼だと1〜2 改善する」
これは治療側からすると結構大きい差になる。
④ NRS “1” の改善でも「生活動作の邪魔が減る」患者が一定数いる
CIPNは
- つま先の感覚低下
- 細かい手作業のしづらさ
- 夜間のビリビリ
などで生活の質が落ちやすい。
たとえ痛みが1段階しか変わらなくても、
「つま先の感覚が少し戻って転びにくくなる」
「ペンを持つときの不快感が減る」
など、機能に影響する例が多い。
だから、
“痛みスコア以上に生活のしやすさが改善しやすい”
という特徴がある。
◆ じゃあ、実際の体感として“めちゃ効く”人は?
もちろんいる。
特に
8〜12週間の継続プロトコル
では、
- NRS −2〜−4
- しびれの半減
- 夜間痛がほぼ消える
など“ガッツリ効く”人も普通に出る。
Bao 2020 の数字は週1の短縮プロトコルなので控えめな結果。
他のRCT(10週間など)だと改善幅はもっと大きい。
◆ 臨床現場の感覚
- NRS −1 は「ズドンと効いた」とは言えない。
- でも、
「CIPNという治りにくい相手にしては健闘している改善幅」 - かつ
生活のしやすさ(QOL)は数値以上に改善する人が多い
だから研究者は「意味がある」と判断し、
現場の治療家は「もうちょい継続したらもっと変わる」と考える。
◆ まとめ
▶ あなたの感覚(“1じゃ変わらんだろ”)
→ 完全に正しい。直感として自然。
▶ 医学的判断(MCIDは1〜2なので“改善あり”)
→ これも事実。CIPNが厄介な相手だから、少しでも改善すれば価値がある。
要するに、
「数字だけ見るとショボいけど、CIPNでは現実的に意味がある改善」
これが本質。


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