──筋力低下は“筋”より先に“脳”で起こる理由──
「普通に生活しているだけなのに、なぜか特定の筋だけ弱い」
臨床でも、患者さんからも、よく出る疑問です。
多くの場合、
- 「使ってないから」
- 「筋トレ不足だから」
で片づけられますが、それは半分しか正しくありません。
実際には、
👉 筋が弱くなる前に、脳がその筋を“使わなくなる”
という現象が起きています。
この話は感覚論ではなく、運動制御・神経科学の研究で裏付けられています。
脳は「筋」ではなく「課題」を学習する
人の体には、同じ動作を達成するための
筋の組み合わせ(自由度)が無数に存在します。
例えば「立ち上がる」という課題でも、
- 大殿筋をしっかり使う方法
- ハムストリングスと腰背部で代償する方法
- 反動を使って勢いで立つ方法
どれでも「立ててしまう」。
ここで重要なのが、Bernstein の冗長性問題
Bernstein(1967)は、人の運動制御をこう説明しました。
人体は自由度が多すぎるため、
脳は最適解ではなく「成立した解」を採用する
つまり脳は、
「一番正しい筋の使い方」を探していない。
「できた筋の使い方」を保存する。
脳が評価するのは「結果」と「安全性」だけ
運動学習の理論(Internal Model Theory)では、
脳は次の2点しか評価しないとされています。
- 課題が達成できたか
- 予測と結果の誤差が小さいか(=安全か)
ここには
❌「どの筋を使ったか」
❌「理想的な筋活動か」
という評価項目はありません。
そのため、
- 代償動作でも
- 非効率な筋配分でも
結果が安定すれば、それが“正解ルート”として固定されます。
運動野は「筋」ではなく「方向・力」を符号化している
一次運動野(M1)の研究では、
ニューロンは特定の筋ではなく、
- 運動の方向
- 力のベクトル
に反応することが知られています(Georgopoulos ら)。
つまり脳にとっては、
「前に進め」
「立ち上がれ」
が重要で、
それをどの筋で達成したかは二次的。
これが
「脳は筋肉を個別に見ていない」
と言われる神経生理学的根拠です。
筋シナジー研究が示す「筋はモジュールで扱われる」
近年の研究では、CNSは
- 個々の筋
ではなく - 複数筋のまとまり(筋シナジー)
として運動を制御している可能性が高いとされています。
d’Avella et al.(2006, Journal of Neuroscience)
到達運動を解析した研究では、
少数の筋シナジーの組み合わせだけで、複雑な動作が再現可能でした。
これはつまり、
- 筋1本1本を細かく制御していない
- 「まとまり」として再利用している
ということ。
学習が進むと「筋配分は固定される」
運動学習の研究では、
- 初期:筋活動のばらつきが大きい
- 習熟後:筋活動パターンが収束・固定
することが示されています。
Kaufmann et al.(2024, Scientific Reports)では、
- 課題が安定するほど
- trial-to-trial の筋活動が似通ってくる
つまり一度、
「この配分でいける」
と脳が判断すると、
他の筋配分を探索しなくなる。
なぜ「筋萎縮より先に筋力低下」が起こるのか
筋力は
筋量 × 神経出力
で決まります。
使われなくなった筋では、
- 運動単位の動員数が減る
- 発火頻度が下がる
- 同期性が落ちる
結果、
筋はあるのに力が出ない。
これはfMRI・TMS研究でも、
- 不使用筋の運動野表現が縮小する
ことが示されています。
👉 筋が痩せる前に、
👉 脳の“スイッチ”が切られる
これが「神経起点の筋力低下」。
まとめ:一部の筋が弱くなる本当の理由
- 脳は筋を評価しない
- 課題が達成できればOK
- 代償でも正解として学習される
- 使われない筋は神経出力が落ちる
- これは異常ではなく、脳の省エネ戦略
だから、
「普通に生活しているのに、なぜか殿筋だけ弱い」
は、
むしろ自然な結果。


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