「外部の脳」としての手

― 機能解剖・発達・神経制御から考えるリハビリ臨床 ―

人間の「手」は、単なる運動器ではありません。
環境に触れ、道具を使い、情報を引き出し、次の行動を予測する――
その役割は認知・感覚・運動が統合された“外部の脳”と表現する方が正確です。

臨床で手を評価するとき、
「指は動くか」「力は入るか」だけを見てしまうと、本質を外します。
なぜなら、手の巧緻性は“筋力”ではなく“構造と抑制”で決まるからです。


1.手の機能解剖:安定の軸と可動の役割分担

手の機能を理解するうえで最重要なのは、
どこが安定し、どこが動くのかという構造的分業です。

第3中手骨という「安定軸」

第3中手骨は、手の中央に位置するスタビリティコラムです。
第2・第3中手骨は大菱形骨・有頭骨と強固に連結し、手の“背骨”を形成します。

指の開閉、把持、巧緻動作は、すべてこの軸を基準に起こります。
この安定が失われると、

  • 指がバラける
  • 力が逃げる
  • 微調整が効かない

という現象が必ず生じます。

尺側(小指側)は「動くための安定」

一方、第4・第5CM関節は可動性を担います。
この尺側の動きにより、手掌の横アーチが形成され、
大きさや形の異なる物体への適応が可能になります。

Napier(1956)は把持を
パワーグリップとプレシジョングリップに分類しましたが、
どちらにも共通するのが尺側の支持と橈側の操作です。


2.器用さは「抑制」から生まれる:神経制御の本質

新生児は、刺激が入ると手全体を一塊で握ります(マスグラスプ)。
これは異常ではなく、抑制機構が未成熟なだけです。

成長とともに、

  • 不要な筋活動を抑える
  • 必要な指だけを選択する

という分化が進みます。

皮質脊髄路は「感覚を調整する回路」

皮質脊髄路は単なる運動指令路ではありません。
Lemon(2008)は、人の皮質脊髄路が
手指の分離運動と感覚調整に特化していると述べています。

私たちは物に触れる前から、

  • 滑りやすさ
  • 重さ
  • 温度

を予測し、力と皮膚の張力を事前に調整しています。
これがフィードフォワード制御です。

脳卒中でこの回路が損傷されると、

  • 軽い接触で過緊張
  • 力加減の破綻

が起こります。
「動かない」の前に、“予測できていない”のです。


3.手の発達:尺側から等側へ

手の発達は小指側から始まるという原則があります。

  1. 尺側優位の把持
  2. パームグリップ
  3. 親指の分化(ラテラルピンチ)
  4. 尺側固定+橈側操作
  5. トライポッドグリップ(3点把握)

Exner(2005)は、
尺側の安定なくして精密操作は成立しないと明言しています。

臨床でも、不器用さの多くは
「指が動かない」のではなく
土台が作れていないことが原因です。


4.プレ・シェーピング:触れる前から始まる把持

Jeannerod(1984)は、
把持動作においてリーチ中に手の形状が決定されることを示しました。

  • 対象物よりやや大きく指を開く
  • 触れる直前にサイズを微調整する

これにより、持ち直しを防ぎます。

特に重要なのが親指の外転です。
親指が内転・屈曲位に固定されると、
他の4指の自由度も一気に失われます。

背側皮膚と浮腫

手背の皮膚は薄く、可動性に富みます。
脳卒中後の浮腫でここが硬くなると、
指は物理的に速く曲がれなくなる

これは筋力の問題ではありません。


5.スマホ操作は最高の評価課題

利き手でのスマホ操作では、

  • 小指側で支持
  • 人差し指で側面固定
  • 親指が自由に操作

という完璧な分業が見られます。

観察ポイントは、

  • 第1背側骨間筋の緊張
  • 尺側支持の有無
  • 視覚と手の正対性

これだけで手指分化のレベルが分かります。


6.手は「探索する知能」である

Lederman & Klatzky(1987)は、
手の探索動作を以下に分類しました。

  • 質感:なでる
  • 形状:押す・包む
  • 重さ:上下に動かす

もし患者さんが同じ触り方しかしないなら、
それは不器用さではなく
物体認知の低下を示唆します。


まとめ:手の治療とは、調和を取り戻すこと

手の機能は、

  • 第3中手骨という安定軸
  • 尺側の安定
  • 橈側の可動

この役割分担で成り立っています。

背景には、

  • 抑制による分化
  • 予測による制御

があります。

臨床で見るべき3点

  1. 尺側は安定しているか
  2. 触れる前に構えられているか
  3. 探索方法を変えられているか

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