難病に対しての鍼治療?アメリカの臨床試験が示した「意外な結果」

難病

「鍼で難病を?」と聞くと、半信半疑になる人が多いと思います。
でも、2025年にアメリカで発表された論文が、少しだけその常識を揺らしました。
テーマは――重症筋無力症(Myasthenia Gravis, MG)に対する鍼治療
世界的にも珍しい、ランダム化比較試験(RCT)として行われた研究です。

🔍 どんな研究だったのか

研究を行ったのは、米国マサチューセッツ大学の研究チーム。
対象はMG患者24名
2つのグループに分けて、ひとつはすぐ鍼治療を始める「即時開始群」、もうひとつは12週間待ってから始める「遅延開始群」というデザインでした。
いわゆる「待機リスト型ランダム化試験」です。

鍼治療は週2回×12週間=全24回
毎回30分、平均21〜30本の鍼を使い、体質(陰虚・陽虚・気滞など)に合わせて最大9穴を追加。
すべて世界保健機関(WHO)の経穴位置に準拠して行われました。
施術者は修士以上の資格を持ち、臨床経験5年以上という高レベル。

💬 効果はあったのか?

鍼治療を受けた患者の75%(12/16名)が、何らかの症状改善を報告しました。
具体的には――

  • 眼瞼下垂(まぶたの下がり)改善:5名
  • 複視(物が二重に見える)改善:3名
  • 全身の筋力低下の軽減:3名
  • 嚥下・呼吸などの改善:少数報告

さらに、69%の患者が「睡眠の質が上がった」「リラックスできた」「エネルギーが増えた」と回答。
全体的な満足度は5点満点中3.6点と、決して低くありませんでした。

刺鍼部位(詳細)

Herrmannらは、全例に「固定21穴+弁証9穴」というハイブリッド方式を用いた。
WHO標準経穴名で整理すると以下の通り:

体部位経穴名目的・解釈
頭頸部百会, 印堂中枢・精神安定・脳神経支援
胸部膻中呼吸補助・横隔膜調整
腹部中脘, 気海, 関元気血補益・全身調整
背部大椎, 膏肓, 脾兪, 肝兪, 腎兪免疫・代謝・全身エネルギー向上
上肢合谷, 曲池, 手三里, 外関末梢循環、自律神経バランス
下肢足三里, 三陰交, 太衝, 陰陵泉消化・代謝・筋緊張緩和・下肢補気
その他太渓腎精補充、全身活力維持

弁証追加(最大9穴、症状・体質により選択)

  • 気虚型: 脾兪、胃兪、気海、膏肓、足三里、太渓
  • 陰虚型: 太谿、照海、三陰交、復溜
  • 気滞型: 太衝、内関、期門、合谷

※平均使用本数は 21~30本、深度10–30mm、響きを重視。
1回30分留置で、患者の反応に応じて刺激を微調整。

この研究の「凄さ」を星で評価

評価軸星(5段階)コメント
研究デザインの質★★★★☆RCT設計・倫理審査済・大学機関実施。偽鍼対照はないが、待機群を設けており構造的には堅実。
再現性・臨床現実性★★★★★弁証+固定穴の融合。臨床家がそのまま応用できるリアル設計。
安全性★★★★★有害事象は軽微。重大事象なし。難病患者でも安全に施術可能を実証。
症状改善(臨床効果)★★★☆☆自覚的改善75%と高率だが、統計的有意性は未確認。今後の大規模試験が鍵。
エビデンスレベル(全体)★★☆☆☆パイロットRCT段階。信頼度は「限定的」だが、テーマの先進性で存在価値は大。
研究としてのインパクト★★★★★米国大学で難病×鍼灸のRCTを実施したこと自体が前例少なく、国際的にも象徴的。

🟡総合スコア:4.0 / 5(非常に価値が高い)
この分野では異例の「質」「現実性」「安全性」の三拍子が揃った臨床研究です。

この研究の「凄さ」

  1. 難病(MG)対象のRCTとして世界初
    → 西洋医療の本場で鍼灸が正式に「臨床研究」として採用された。
  2. 実践的なプロトコル(固定+弁証)を採用
    → 伝統鍼灸の柔軟性を保ちつつ、科学的再現性を確保。
  3. 安全性の高さが明確に示された
    → “難病に鍼”という先入観を払拭。
  4. 患者の主観的改善率が高い(75%)
    → 特に眼瞼下垂や複視など、神経伝達障害への反応は注目に値する。
  5. 北米での実施という象徴的意義
    → 東洋医学を“補完代替”ではなく、“統合医療”として研究する流れの象徴。

臨床現場へのメッセージ

この研究が教えてくれるのは、「鍼灸は、難病のQOLを支える現実的な手段になり得る」ということだ。
“治す”というより、“維持しながら支える”。
まさに理学療法と鍼灸を融合させたリハりんの方向性と一致している。

特にMGでは、疲労・筋力低下・眼症状・嚥下障害などが生活を左右する。
それを「安全に・反復的に・自律神経を整えながら支える」治療手段として鍼灸を位置づける――これは医療の隙間を埋める価値がある。

まとめ

  • この試験は 「世界で初めてMGを対象にした正式RCT」
  • 鍼灸は 安全・実施可能・患者の75%が改善実感
  • ただし、プラセボ対照や長期追跡は未実施。
  • “効果を断定する段階ではないが、希望を持てる”
  • 研究レベルでのエビデンス星評価は 🌟🌟🌟(中等度)
  • 臨床実感と安全性の星は 🌟🌟🌟🌟🌟(最高評価)

結論:

この研究は、「鍼灸が難病に効く」と言うための証拠ではない。
だが、「難病患者に鍼を安全に、科学的に行える」という証拠としては非常に重要。

臨床家の感覚だけで語られがちな領域に、ようやく“科学の光”が差した。
次のステップは、症状改善を定量的に裏づける本格RCT。
そのとき初めて、鍼灸が「補助療法」から「治療選択肢」へと昇格する。

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