― 世界の研究で明らかになった末梢神経障害への効果 ―
はじめに
しびれ、痛み、動かしにくさ——
これらは末梢神経がダメージを受けたサインです。
糖尿病、手根管症候群、ベル麻痺(顔面神経麻痺)など、いわゆる“神経の障害”はリハビリでも薬でもなかなか改善しにくい領域。
そんな中、「鍼治療で神経そのものが回復する」という報告が世界的に注目されています。
論文の概要
出典:Dimitrova A. et al., J Altern Complement Med, 2017
「Acupuncture for the Treatment of Peripheral Neuropathy: A Systematic Review and Meta-Analysis」
この研究は、糖尿病・手根管症候群・ベル麻痺・HIV関連など
15件のランダム化比較試験(RCT)をまとめたメタ解析。
合計680名のデータを解析した結果、鍼の効果は想像以上に明確でした。
結果
糖尿病性末梢神経障害(DPN)
結果の凄さ:★★★★★(かなり強い)
- 鍼を受けた人の7〜9割が改善。
- ビタミンB12やイノシトールなどの薬だけの群では3〜5割。
→ つまり 「薬だけだと半分の人しか良くならないのに、鍼を加えると倍近く改善する」。 - 神経伝導速度(足の神経の電気の通り)は 平均 +3〜6 m/s 改善。
→ これ、「麻痺が進行していた神経が、リハ+鍼で再び電気を通すようになる」レベル。
臨床的にもはっきり「しびれが減る」「足の感覚が戻る」変化です。
手根管症候群(CTS)
結果の凄さ:★★★★☆(明確な改善)
- 鍼治療群の痛みスコア(VAS)は平均40〜60%改善。
- 神経伝導検査では、潜時(DML)が約1ms短縮、感覚伝導速度が2〜4m/s改善。
→ これ、手根管の圧迫が減り、神経の伝導が正常域に近づいたというレベル。 - 装具のみではほとんど変化なし。
→ 鍼を加えることで、装具+運動療法より有意に早い改善。
ベル麻痺
結果の凄さ:★★★★★★(超強い)
- 鍼+灸+薬群で93%が回復または明確改善。
- 薬だけの群では76%。
→ 「3人に1人くらいは薬だけでは表情筋が戻らないが、鍼を加えると9割が回復」。 - 顔面神経麻痺スコア(House–Brackmann)も平均4→2に改善(p=0.005)。
→ これは「顔がゆがんでいた患者の多くが、ほぼ対称に笑える」レベル。
HIV関連末梢神経障害
結果の凄さ:★★★☆☆(中等度)
- 鍼治療群は痛みスコア(Gracely Pain Scale)で平均6→4へ減少(p<0.05)。
- つまり痛みが2段階軽くなる。
→ オピオイドや抗うつ薬とほぼ同等の鎮痛効果。 - ただし、長期追跡や対象数が少ないので確実性はやや低め。
特発性末梢神経障害
結果の凄さ:★☆☆☆☆(無効)
- 有意差なし。
→ 小規模で効果を示せず。
📍 鍼を打った場所
糖尿病性末梢神経障害
- 足三里(ST36)、三陰交(SP6)、陽陵泉(GB34)、太衝(LR3)、阿是穴、湧泉(KI1)
→ 下肢遠位+循環促進穴
→ 電気鍼では足三里と三陰交の間を通電
手根管症候群
- 内関(PC6)、大陵(PC7)、合谷(LI4)、曲池(LI11)、阿是穴(手関節掌側)
→ 局所+遠隔併用で正中神経を直接刺激
ベル麻痺
- 地倉(ST4)、頬車(ST6)、迎香(LI20)、下関(ST7)、翳風(TE17)、太陽(EX-HN5)、合谷(LI4)
→ 顔面神経支配領域+遠隔調整穴
→ 灸を併用した研究も多い
総合的に見ると…
この論文のメタ解析では、
「改善する確率が4.2倍高い(OR=4.23, p<0.001)」という統計結果。
つまり、薬や装具だけでは治りにくい“神経の不調”が、鍼を加えることで明確に改善する可能性が4倍高まるということです。
臨床での意味
神経伝導速度の改善=神経が再生・修復している兆候。
単に「痛みが減る」だけでなく、
「麻痺の回復」「感覚の再獲得」につながる。
理学療法×鍼灸の組み合わせで、
より根本的な“神経機能回復リハ”が可能になることを裏付けています。
まとめ
- 鍼は糖尿病性神経障害・手根管症候群・ベル麻痺に明確な効果。
- 神経伝導速度が改善=構造的・機能的な回復の可能性。
- 今後は「リハ+鍼」でのRCT研究が期待される。
金野広大(脳卒中認定理学療法士/鍼灸師)
鍼灸は“痛みを取る”だけではなく、“神経を動かす”治療です。
研究が示す通り、神経が再び信号を伝え始める——
これはリハビリテーションの未来を変える一歩だと感じます。


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