脳卒中後のリハビリでは、
「もっと速く歩けるようになりたい」
「足が前に出にくい」
「歩幅が小さくなってしまう」
といった悩みがよく聞かれます。
歩行速度には、バランス能力、感覚、痙縮、関節可動域、持久力など、さまざまな要素が関係します。
その中でも重要なのが、麻痺側下肢の筋力です。
今回は特に、
「股関節の筋力は、脳卒中後の歩行速度にどれくらい重要なのか?」
という点について、研究をもとに解説します。
まず、麻痺側下肢の筋力と歩行速度には明確な関連がある
2021年にDorschらが発表したシステマティックレビュー・メタ解析では、脳卒中者を対象とした30研究、合計1,001名のデータが解析されました。
その結果、
麻痺側下肢の筋力と歩行速度との統合相関は r=0.51
でした。
95%信頼区間は0.45〜0.57で、麻痺側の筋力が強い人ほど歩行速度も速い傾向が認められています。
さらに筋群別にみても、歩行速度との相関は、
股関節外転筋:r=0.42
〜
足関節背屈筋:r=0.57
の範囲でした。
つまり、特定の筋肉だけではなく、麻痺側下肢のさまざまな筋力が歩行速度と関係していることになります。
ただし、ここで注意が必要です。
r=0.51だから「筋力が歩行速度の51%を決める」という意味ではありません。
相関係数は2つの要素の関連の強さを示す数字です。
そのため、
麻痺側下肢筋力と歩行速度には中等度〜比較的強い関連がある
と捉えるのが適切です。
膝の筋力だけでも歩行速度との関連がある
2022年にBohannonが行った別のメタ解析では、麻痺側の膝伸展筋力と快適歩行速度との関係が検討されています。
18研究を統合した結果、
膝伸展筋力と歩行速度の相関はr=0.51
でした。
先ほど紹介したDorschらの研究と偶然同じ数字ですが、こちらは膝伸展筋に限定した別のメタ解析です。
つまり、
「太ももの力が歩行に重要」
というのも間違いではありません。
では、股関節はどうなのでしょうか?
股関節の力も歩行速度と関係している
Dorschらのメタ解析では、股関節外転筋力と歩行速度との間にr=0.42の相関が認められています。
股関節外転筋とは、主にお尻の横にある中殿筋などです。
歩行中には、
- 片脚で身体を支える
- 骨盤を安定させる
- 身体が左右へ大きく傾くのを防ぐ
といった役割があります。
そのため、股関節外転筋が弱いと、麻痺側で身体を支えることが難しくなり、歩行の安定性や効率に影響する可能性があります。
特に注目したい「股関節を曲げる力」
さらに2026年には、脳卒中後片麻痺者60名を対象として、股関節屈曲筋力と歩行速度との関係を調べた研究が報告されています。
股関節屈曲とは、簡単に言えば、
太ももを前へ持ち上げる動き
です。
歩行では、後ろにある足を前へ振り出す際に重要になります。
この研究では、
股関節屈曲筋力と歩行速度の相関はr=0.45
でした。
一方、足関節背屈筋力と歩行速度との相関はr=0.27でした。
この研究だけを見ると、歩行可能な脳卒中者では、
股関節屈曲筋力のほうが歩行速度と比較的強く関連していた
ことになります。
もちろん、これは60名を対象とした横断研究です。
そのため、
「股関節屈曲筋を鍛えれば歩行速度が必ず上がる」
という因果関係を証明した研究ではありません。
しかし、
足を前へ運ぶための股関節の力が歩行速度に関係している
という点では、非常に興味深い結果です。
なぜ股関節屈曲筋が重要なのか?
歩行速度を上げるためには、単純に足を速く動かせばよいわけではありません。
一歩ごとの距離である「歩幅」と、一定時間内の歩数である「ケイデンス」の両方が関係します。
麻痺側の足を前へ振り出すときには、股関節を曲げる力が必要です。
この力が弱いと、
- 足を前へ大きく振り出せない
- 歩幅が小さくなる
- 足を引きずる
- 骨盤を持ち上げて代償する
- 反対側へ身体を傾けて振り出す
といった歩き方につながることがあります。
実際、2024年に脳卒中入院患者を追跡した研究でも、歩行速度の改善と股関節屈曲角度の改善には関連が認められています。
つまり、
股関節をしっかり使って足を前に運べること
は、歩行速度を考えるうえで重要なポイントの一つです。
股関節外転筋も見逃せない
もう一つ重要なのが、先ほど紹介した股関節外転筋です。
2026年に発表されたランダム化比較試験では、慢性期脳卒中者24名を、
- リフォーマーを使用した股関節外転筋トレーニング群
- マット上で股関節外転筋トレーニングを行う群
に分け、4週間の介入が行われました。
その結果、リフォーマーを使用した群では、
- 股関節筋力
- バランス
- 歩行速度
- 非麻痺側の歩幅
- 転倒自己効力感
などで、群と時間の有意な交互作用が認められました。
この研究だけで、
「股関節外転筋を鍛えれば歩行速度が上がる」
と断定することはできません。
対象者も24名と小規模だからです。
それでも、
股関節周囲筋を強化することが歩行機能の改善につながる可能性
を示す研究の一つといえます。
では、筋トレをすれば歩行速度は上がる?
ここが一番重要です。
2024年に発表されたシステマティックレビュー・メタ解析では、脳卒中者に対する筋力トレーニングについて、42件のランダム化比較試験、合計2,204名が解析されました。
その結果、筋力トレーニングによって、
通常歩行速度:約0.05m/s改善
速歩速度:約0.09m/s改善
する結果が報告されています。
歩行能力やバランス、機能的移動能力についても改善が認められました。
この結果だけを見ると、
筋力トレーニングは脳卒中後の歩行速度を改善する可能性がある
と考えられます。
しかし、少し慎重に考える必要があります。
研究間のばらつきやバイアスの問題があり、エビデンスの確実性はアウトカムによって非常に低い〜中等度とされています。
さらに、2025年に発表されたCochrane Reviewでは、抵抗運動単独について、
快適歩行速度への明確な改善効果は認められなかった
という結果も報告されています。
つまり現在の研究をまとめると、
「筋力トレーニングは有望だが、筋トレだけで歩行速度が必ず改善するとは言えない」
というのが妥当です。
「筋力がある」と「歩行で使える」は別
脳卒中リハビリでは、ここを区別することが非常に大切です。
例えばベッド上で股関節屈曲の筋力が十分あったとしても、実際に歩くと足が前に出ないことがあります。
なぜなら、歩行には筋力だけでなく、
- 麻痺側へ体重を乗せる能力
- バランス
- 感覚
- 関節可動域
- 痙縮
- 運動のタイミング
- 筋肉同士の協調性
- 心肺持久力
などが関係するからです。
特に脳卒中では、
「力を出せない」だけではなく、「適切なタイミングで適切な筋肉を使えない」
という問題が起こります。
だからこそ、
筋肉を強くするだけでは不十分なケースがあります。
股関節を鍛えるなら「歩行につなげる」
例えば股関節屈曲筋が弱い場合、
仰向けや座った状態で足を持ち上げる運動だけを繰り返して終わるのではなく、
- 麻痺側へ十分に体重を乗せる
- 後ろ足から前足へ体重を移動する
- 適切なタイミングで足を振り出す
- 歩幅を広げる
- 実際に歩行速度を上げて歩く
といった練習につなげていくことが重要です。
股関節外転筋であれば、
単純に横へ足を上げるだけでなく、
麻痺側の片脚支持を安定させる
という実際の歩行場面につなげる必要があります。
つまり、
「筋力トレーニング」と「歩行練習」を別物として考えない
ことがポイントです。
股関節だけを見てもダメ
もう一つ忘れてはいけないのが足関節です。
2021年のメタ解析では、筋群別にみた歩行速度との相関は、股関節外転筋のr=0.42に対して、足関節背屈筋ではr=0.57でした。
つまり、
股関節が一番重要とは言えません。
歩行では、
股関節で足を前へ運び、
膝で身体を支え、
足関節で足部をコントロールしながら身体を前へ進めます。
どこか一つだけを見るより、
「その人の歩行速度を制限している部分はどこなのか?」
を評価することが重要です。
まとめ
脳卒中後の歩行速度と麻痺側下肢筋力には、明確な関連があります。
2021年のメタ解析では、
麻痺側下肢筋力と歩行速度:r=0.51
でした。
筋群別でも、
股関節外転筋:r=0.42
など、股関節周囲筋と歩行速度との関連が確認されています。
さらに2026年の研究では、
股関節屈曲筋力と歩行速度:r=0.45
という関連が報告されています。
したがって、
股関節の力は、脳卒中後の歩行速度を考えるうえで重要な要素の一つ
といえます。
ただし、
「股関節が強ければ速く歩ける」
「股関節を鍛えれば歩行速度が上がる」
と単純化するのは適切ではありません。
歩行速度には、
股関節だけではなく、膝・足関節の筋力、バランス、麻痺側への荷重、感覚、運動の協調性など、多くの要素が関係しています。
だからこそリハビリでは、
「どの筋肉が弱いのか」だけではなく、
「歩行のどの場面で、その力を使えていないのか」
まで評価することが重要です。
股関節の筋力を改善すること。
そして、その力を実際の歩行の中で使えるようにすること。
この2つをセットで考えることが、脳卒中後の歩行速度改善には大切です。


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