―「筋力」だけではない、長寿と身体機能の関係
「いつまでも元気で長生きしたい」
そう考えたとき、多くの人が思い浮かべるのは、食事、運動、体重管理、血圧などではないでしょうか。
では、「体力」はどうでしょう。
なんとなく、
「体力がある人のほうが健康そう」
「足腰が丈夫な人は長生きしそう」
というイメージはあります。
では実際に、体力が高い人ほど長生きするのでしょうか。
2026年8月、JAMA Network Openに、この疑問を考えるうえで非常に興味深い研究が発表されました。
結論からいうと、
体力が高い高齢者ほど、その後の死亡リスクが低いことと関連していました。
しかも重要なのは、「筋力だけ」ではありません。
特に死亡リスクとの関連が強かったのは、
- バランス・敏捷性
- 下肢筋力
- 心肺持久力
でした。
つまり、高齢者の健康を考えるときには、
「どれだけ力が強いか」だけでなく、「どれだけ身体をうまく動かせるか」まで見る必要がある
ということです。
65歳以上13,423人を約7年間追跡
今回の研究では、台湾の地域在住高齢者13,423人が対象となりました。
平均年齢は72.9歳。
研究開始時に体力測定を行い、その後、中央値7年間にわたって追跡しています。
研究では、体力を4つの領域に分けて評価しました。
① 心肺持久力
使用されたのは、
2分間ステップテスト
です。
その場で2分間足踏みを行い、決められた高さまで膝を上げられた回数を測定します。
簡単にいえば、
「一定時間、身体を動かし続けられる能力」
をみる評価です。
② 筋力
筋力については、
- 30秒間アームカール
- 30秒椅子立ち上がりテスト
が行われました。
特に30秒椅子立ち上がりテストは、30秒間に何回椅子から立ち上がれるかを測定します。
下肢筋力だけでなく、立ち上がりという日常生活に直結する能力を反映する検査でもあります。
③ 柔軟性
柔軟性については、
- Back scratch test
- Chair sit-and-reach test
が行われました。
肩周囲や下肢を中心とした柔軟性を評価します。
④ バランス・敏捷性
ここが今回の研究で特に興味深いところです。
評価されたのは、
- 片脚立位
- 8-foot up-and-go test
でした。
8-foot up-and-go testでは、
椅子から立つ
↓
約2.4m歩く
↓
方向転換する
↓
椅子まで戻る
↓
座る
という一連の動作にかかる時間を測定します。
単純な筋力だけではありません。
立ち上がる力、歩く能力、方向転換、バランス、動作の素早さなどが組み合わさった、
総合的な移動能力
を見る評価と考えることができます。
体力が高い人ほど死亡リスクが低かった
約7年間の追跡期間中、1,631人が亡くなりました。
研究者たちは、それぞれの体力テストの成績を5つのグループに分け、最も成績が低いグループと最も高いグループを比較しました。
その結果、
8-foot up-and-go
死亡リスクが約59%低い
片脚立位
約50%低い
30秒椅子立ち上がり
約45%低い
2分間ステップ
約42%低い
という関連がみられました。
さらに、7種類すべての体力テストをまとめた「総合体力指数」では、
最も体力の高いグループは、最も低いグループと比較して死亡リスクが約61%低い
という結果でした。
これはかなり大きな差です。
ただし、ここで注意が必要です。
この研究は観察研究です。
そのため、
「体力を高めれば死亡リスクが61%下がる」
と証明されたわけではありません。
正確には、
「体力が高い人ほど、その後の死亡リスクが低い傾向がみられた」
という結果です。
注目したいのは「筋力だけではない」ということ
高齢者の健康というと、
「筋肉をつけましょう」
「スクワットをしましょう」
という話になりがちです。
もちろん筋力は非常に重要です。
今回の研究でも、30秒椅子立ち上がりテストの成績が高い人ほど死亡リスクが低くなっていました。
しかし、この研究でもっとも注目したいのは、
バランス・敏捷性、下肢筋力、心肺持久力といった複数の身体能力が死亡リスクと関連していた
という点です。
特に、8-foot up-and-goや片脚立位といった、バランス・敏捷性に関係する評価では強い関連がみられました。
つまり、
「力が強いか」だけでは、その人の体力を十分に表せない
ということです。
例えば脚の筋力があっても、
- ふらつきが強い
- 歩くのが遅い
- 方向転換が苦手
- すぐ疲れる
- 身体を素早く立て直せない
という状態であれば、日常生活では十分に身体能力を発揮できない可能性があります。
反対に、
立つ
歩く
方向転換する
バランスを取る
ある程度長く活動する
といった能力が保たれていれば、生活の中で身体を使う機会も維持しやすくなります。
重要なのは、
「筋肉がある身体」だけではなく、「実際に使える身体」
ということなのかもしれません。
なぜ体力と死亡リスクが関係するのか?
今回の研究だけでは、
「なぜ体力が高い人ほど死亡リスクが低いのか」
という原因までは証明されていません。
ただし、いくつかの可能性は考えられます。
身体の「予備力」を反映している可能性
研究者らが注目している考え方の一つが、
physiological reserve(生理的予備力)
です。
簡単にいうと、
「身体にどれだけ余裕が残っているか」
という考え方です。
例えば、
感染症にかかった
入院した
手術を受けた
数日間寝込んだ
といった出来事が起こったとします。
同じ病気でも、
もともと十分な身体能力がある人と、すでに身体能力が低下している人では、その後の回復力が異なる可能性があります。
体力測定は、
単に病気を持っているかどうかだけでは分からない、
身体全体の機能的な余力
を反映しているのかもしれません。
バランスや敏捷性は「生活する力」に近い
今回特に強い関連がみられた8-foot up-and-goは、
単純に筋肉の力を測るテストではありません。
椅子から立つ。
歩く。
方向を変える。
戻ってくる。
座る。
これらを一連の動作として行います。
日常生活でも、
トイレへ行く
買い物に行く
人を避けながら歩く
曲がる
立ったり座ったりする
など、身体は複数の能力を同時に使っています。
だからこそ、
単純な筋力よりも、
実際の生活に近い総合的な移動能力
を見ることに意味があるのかもしれません。
ただし、今回の研究から、
「8-foot up-and-goを速くすれば寿命が伸びる」
と結論づけることはできません。
このテストの成績が、
その人の総合的な健康状態や身体機能を反映している可能性がある
と考えるのが適切です。
柔軟性はどうだったのか?
ここも今回の研究で興味深いところです。
すべての体力要素が、同じように強く死亡リスクと関連していたわけではありません。
研究では、
バランス・敏捷性、下肢筋力、心肺持久力
で特に強い関連がみられました。
一方、柔軟性については、これらほど明確な関連は示されませんでした。
もちろん、
「柔軟性は必要ない」
という意味ではありません。
柔軟性は、関節運動や動作のしやすさなどに関係します。
ただ、
長期的な生命予後という視点では、柔軟性よりも移動能力・下肢筋力・心肺持久力のほうが重要な指標になる可能性がある
という点は非常に興味深い結果です。
病気の数だけでは、その人の健康状態は分からない
高齢者の健康を考えるとき、
糖尿病がある
高血圧がある
心疾患がある
脳卒中の既往がある
といった「病気の数」に注目することがあります。
もちろん、こうした情報は重要です。
しかし、同じ病気を持っていても、
毎日外出している人と、
家の中を少し歩くだけで疲れてしまう人では、
身体機能はまったく違います。
今回の研究では、
年齢、性別、社会経済的要因、併存疾患、自己申告による身体活動量などを統計的に調整した後でも、
客観的に測定された体力と死亡リスクの関連が残りました。
これは非常に重要です。
つまり、
「どんな病気を持っているか」
だけではなく、
「その身体で実際に何ができるのか」
を見ることにも価値があるということです。
「運動しているか」と「体力があるか」は同じではない
ここも重要です。
「運動していますか?」
と聞くことと、
実際に体力を測定することは違います。
例えば、
「毎日30分散歩しています」
という人でも、
- 歩行速度
- バランス
- 下肢筋力
- 心肺持久力
- 方向転換能力
には大きな個人差があります。
つまり、
身体活動量と身体能力は似ていますが、同じものではありません。
今回の研究でも、自己申告による身体活動量を考慮したうえで、客観的な体力と死亡リスクの関連がみられています。
これは、
「どれくらい運動していますか?」
だけではなく、
「実際にどれくらい動けますか?」
を見ることの重要性を示しているとも考えられます。
では、何を維持すればいいのか?
今回の研究から、
「この運動をすれば長生きできる」
とは言えません。
しかし、高齢になっても維持したい身体機能を考えるヒントにはなります。
下肢筋力
椅子から立つ、階段を上る、歩くなど、多くの日常動作の基盤になります。
バランス
立った姿勢を保つ、身体を立て直す、方向転換するといった能力に関わります。
敏捷性・移動能力
立つ、歩く、曲がる、戻るといった日常生活で必要となる一連の動作能力です。
心肺持久力
一定時間活動を続けるために必要です。
重要なのは、
一つだけを鍛えればよいわけではない
ということです。
筋トレだけでもない。
ウォーキングだけでもない。
ストレッチだけでもない。
身体を総合的に使い続けることが大切なのだと考えられます。
体力は「年齢」だけでは分からない
同じ75歳でも、
30分散歩できる人もいれば、
椅子から立ち上がるだけで疲れてしまう人もいます。
年齢は同じでも、
身体機能や身体の予備力には大きな違いがあります。
だからこそ、
「何歳か」だけを見るのではなく、「何ができるか」を見る。
これは高齢者の健康を考えるうえで、とても大切な視点です。
まとめ
2026年8月にJAMA Network Openに発表された研究では、
65歳以上の地域在住高齢者13,423人を中央値7年間追跡した結果、
客観的に測定された体力が高い人ほど、全死亡リスクが低いことと関連していました。
特に関連が強かったのは、
バランス・敏捷性、下肢筋力、心肺持久力
でした。
さらに、7種類の体力評価をまとめた総合体力指数では、最も体力の高いグループは、最も低いグループと比較して全死亡リスクが約61%低いという結果でした。
ただし、
「体力を上げれば寿命が61%伸びる」という意味ではありません。
観察研究なので、因果関係までは証明されていません。
それでも今回の研究が示しているのは、
高齢者の健康を考えるとき、
「筋力があるか」
だけでは不十分かもしれないということです。
立てる。
歩ける。
方向を変えられる。
バランスを保てる。
一定時間動き続けられる。
こうした身体機能を総合的に保っていることが、
長期的な健康状態を知る重要な手がかりになる可能性があります。
長生きを考えるなら、
「どれだけ筋肉があるか」だけではなく、「その身体をどれだけ使えるか」。
これからは、そんな視点で「体力」を考えてみてもいいのではないでしょうか。
参考文献
Wu MC, Hsu CT, Hsu HT, et al.
Physical Fitness and All-Cause Mortality in Older Adults.
JAMA Network Open. 2026;9(8):e2628227.
Published August 10, 2026.
doi:10.1001/jamanetworkopen.2026.28227


コメント