「首が痛いから、なるべく動かさないようにしています」
首の痛みが続いている方から、このような話を聞くことがあります。
もちろん、痛みが強いときに無理に動かす必要はありません。
ただし、長期間ほとんど首を動かさなかったり、身体活動そのものが少なくなったりすると、首を支えている筋肉の働きが低下していくことがあります。
ここで大切なのが、首の奥にある深層筋です。
深層筋というと「多裂筋」が注目されることがありますが、実際には多裂筋だけが首を支えているわけではありません。
頚椎の安定には、
- 多裂筋
- 半棘筋
- 頚長筋
- 頭長筋
- 後頭下筋群
など、複数の筋肉が協調して関わっています。
つまり、
「多裂筋が頚椎を支えている」というより、「複数の深層筋と表在筋が協力して頚椎をコントロールしている」
と考える方が正確です。
今回は、
- 首の深層筋にはどんな役割があるのか
- 深層筋が弱くなると首では何が起こるのか
- なぜ多裂筋が研究で注目されているのか
- 首が痛いときは動かした方がいいのか
- ストレートネックと筋肉にはどんな関係があるのか
について、できるだけ分かりやすく説明します。
首は「骨だけ」で支えているわけではありません
首には7つの頚椎があります。
その上には頭があります。
成人の頭は数kgありますから、首は日常生活の中で常に頭を支えています。
しかし、頭を支えているのは骨や靱帯だけではありません。
頚椎の周囲には多くの筋肉があり、それぞれが協力しながら首の位置や動きをコントロールしています。
大きく分けると、
身体の表面に近い筋肉と
頚椎の近くにある深い筋肉
があります。
表面に近い代表的な筋肉には、
- 胸鎖乳突筋
- 僧帽筋
などがあります。
これらは頭や首を大きく動かしたり、強い力を発揮したりするときに重要です。
一方、頚椎の近くには多くの深層筋があります。
代表的なのが、
後方
- 多裂筋
- 頚半棘筋
前方
- 頚長筋
- 頭長筋
です。
さらに上位頚椎には後頭下筋群も存在します。
これらの筋肉は単純に首を曲げたり伸ばしたりするだけではなく、
頚椎の位置を細かく調整したり、動作中に首をコントロールしたりする
ことにも関わっています。
多裂筋だけが特別なの?
いいえ。
多裂筋だけが頚椎を安定させているわけではありません。
多裂筋は頚椎後方の比較的深い位置にあり、短い距離で椎骨をまたぐため、分節レベルの運動制御に適した構造を持っています。
しかし、前方には頚長筋や頭長筋があり、後方には頚半棘筋などがあります。
研究レビューでも、頚椎の支持には、前方の頚長筋と後方の頚半棘筋・多裂筋などが形成する筋群が関係すると説明されています。さらに、深層筋だけでなく表在筋との協調も重要とされています。
したがって、
「首を安定させる筋肉=多裂筋」
ではありません。
より正確には、
前後左右にある複数の筋肉が、その場面に応じて適切な力を出し合うことで頚椎がコントロールされています。
人間の身体は、一つの筋肉だけで関節を守るようにはできていません。
では、なぜ多裂筋が注目されているの?
今回紹介する2025年の研究が、頚部多裂筋の萎縮に注目した研究だからです。
この研究では、実際の患者さんの多裂筋を小さくしたわけではありません。
コンピューター上に頚椎の3次元モデルを作り、多裂筋の体積を、
- 100%
- 80%
- 50%
に変化させて、頚椎にどのような力学的変化が生じるかを調べました。
その結果、多裂筋が小さくなるにつれて、
- 椎間板にかかる応力
- 関節包のひずみ
- 軟骨終板に加わる負荷
などが増加しました。
特にC5〜C7付近の下位頚椎で変化が大きかったと報告されています。
これは、
多裂筋の状態が頚椎の力学的環境に影響する可能性がある
ことを示しています。
しかし、この結果から、
「頚椎では多裂筋が一番重要」
とは言えません。
あくまで、
「深層筋群の一つである多裂筋を小さくすると、頚椎にかかる力が変化した」
という研究です。
ここは非常に重要な違いです。
前側の深層筋も重要です
首の後ろ側だけでなく、前側にも重要な深層筋があります。
代表的なのが、
頚長筋と頭長筋です。
これらは「深層頚部屈筋」と呼ばれ、首の運動や姿勢制御に関係しています。
慢性頚部痛の方では、こうした深層屈筋の運動制御が変化していることが報告されており、臨床では頭頚部屈曲テスト(CCFT)という評価が使われることがあります。
ただし、ここにも注意が必要です。
頚長筋や頭長筋は、
「強い力で頚椎を固定する筋肉」
というより、比較的小さな力で運動制御に関わっている可能性があります。
実際、解剖学・生体力学的研究では、頚長筋と頭長筋が発揮できる圧縮力は比較的小さく、「この2筋だけが機械的に頚椎を安定させている」という単純なモデルには疑問も示されています。
つまり、
深層筋=天然のコルセット
のように考えるのも少し単純すぎます。
大切なのは「強く固定すること」よりも、
必要なタイミングで、必要な筋肉が適切に働くこと
です。
首の筋肉は「強さ」だけではなく「使い方」も重要
筋肉というと、
「筋力が強いか、弱いか」
だけで考えがちです。
しかし、首ではそれだけではありません。
重要になるのが、
筋肉同士の協調や運動制御
です。
例えば、軽く頭を動かすだけなのに、
- 胸鎖乳突筋が過剰に働く
- 肩に力が入る
- 首全体を固めてしまう
という方がいます。
この場合、単純に筋力が弱いだけではなく、
必要以上に表面の筋肉を使っている
可能性があります。
一方、深層筋は比較的小さな力で、首の位置を細かく調整します。
慢性頚部痛では、深層頚部屈筋の運動制御が低下する一方で、表面の筋肉の活動が増えることが報告されています。
そのため、首のリハビリでは、
ただ首を強く鍛える
のではなく、
どの筋肉を、どの程度、どのように使っているか
も重要になります。
深層筋が小さくなると、必ず首が痛くなる?
これは違います。
筋肉の萎縮や脂肪変性と頚部痛との関連を調べた研究はあります。
慢性頚部痛の方では、多裂筋だけでなく、頚長筋や半棘筋など複数の頚部筋で形態変化が報告されています。
ただし、
筋肉が小さい=痛みの原因
と単純に結論づけることはできません。
痛みには、
- 筋肉
- 関節
- 椎間板
- 神経
- 睡眠
- ストレス
- 身体活動量
- 仕事や生活環境
- 痛みに対する不安
など、多くの要因が関係しています。
さらに、筋肉の大きさと身体機能の関連についても、現在のエビデンスの確実性は高くありません。
2025年のシステマティックレビューでは、頚長筋や頭長筋などの筋断面積と頚部持久力・固有感覚・姿勢制御との関連が報告されていますが、エビデンスの確実性は「非常に低い」と評価されています。
したがって、
「筋肉がやせたから痛い」
と決めつけるのは適切ではありません。
「痛いから動かさない」は正しい?
首が痛ければ、動かしたくなくなるのは自然です。
痛みが強い時期に無理をする必要はありません。
しかし、長期間、
「痛いから一切動かさない」
となると、
- 筋力低下
- 筋持久力低下
- 運動制御の低下
- 身体活動量の低下
- 首を動かすことへの不安
などにつながる可能性があります。
だからといって、
「筋肉が弱るから痛くても動かせ」
という話でもありません。
大切なのは、
症状を確認しながら、無理のない範囲で活動を維持すること
です。
ストレートネックだから首が痛い?
「ストレートネックですね」
と言われたことがある方もいるでしょう。
本来、頚椎には前方への緩やかなカーブがあります。
このカーブが少ない状態を一般的に「ストレートネック」と呼ぶことがあります。
しかし、
ストレートネック=首の痛みの原因
と単純に考えることはできません。
画像上の姿勢だけで症状を説明するのは難しいからです。
一方、頚椎のカーブが異なる人では、上部僧帽筋や胸鎖乳突筋などの筋疲労特性が異なることは報告されています。
したがって見るべきなのは、
「ストレートネックかどうか」
だけではなく、
- 首をどの程度動かせるか
- 動かしたときに痛むか
- 筋力や持久力はどうか
- 頭の位置をコントロールできるか
- 長時間同じ姿勢になっていないか
- 日常生活でどの程度身体を動かしているか
といった要素です。
では、どの筋肉を鍛えればいい?
ここまで読むと、
「結局、多裂筋を鍛えるの? 頚長筋を鍛えるの?」
と思うかもしれません。
答えは、
一つの筋肉だけを狙えばいいわけではありません。
です。
首の運動では、
- 深層頚部屈筋の運動制御
- 頚部伸展筋の筋力・持久力
- 頭部の位置感覚
- 肩甲帯・胸郭の動き
- 全身的な筋力
- 身体活動量
などを、その人の問題に合わせて考えます。
深層頚部屈筋トレーニングには、運動制御を改善する効果が比較的よく確認されていますが、高負荷での筋力や持久力を十分に改善するとは限りません。
そのため、現在は、
一つの「正しい筋肉」だけを鍛えるより、必要に応じて複数の運動を組み合わせる
という考え方が現実的です。
慢性頚部痛に対する頚部安定化運動についても、単独の特殊な運動だけではなく、他の運動や治療と組み合わせる方法が支持されています。
「深層筋を鍛えれば首が安定する」も少し単純すぎる
一昔前は、
「深層筋が弱い → 関節が不安定になる → 深層筋を鍛えて安定させる」
という説明がよく使われました。
しかし、現在はもう少し複雑に考えられています。
首の安定性は、
多裂筋だけでも、
頚長筋だけでも、
深層筋だけでも作れません。
深層筋と表在筋、関節、靱帯、神経系などが協力しながら、
必要な動きを許しつつ、必要なところをコントロールする
ことで成り立っています。
「首を硬く固定すること」が安定ではありません。
むしろ、
必要なときに動けて、必要なときに支えられること
が重要です。
こんな症状がある場合は、運動より先に医療機関へ
首の痛みの多くは緊急性の高いものではありません。
ただし、
- 手足の力が急に入りにくくなった
- しびれが急速に悪化している
- 歩きにくさが出てきた
- 排尿・排便に異常がある
- 転倒・交通事故などのあとから強く痛む
- 発熱を伴って強い首の痛みがある
- 安静時にも非常に強い痛みが続く
といった場合には、自己判断で運動を続けず、医療機関への相談が必要です。
まとめ
首を支えている深層筋として、多裂筋は確かに重要です。
しかし、
「頚椎では多裂筋が主役」
という考え方は正確ではありません。
頚椎には、
前方の頚長筋・頭長筋、後方の多裂筋・頚半棘筋、上位頚椎の後頭下筋群、さらに表在筋
など、多くの筋肉があります。
これらが協調することで、首は動きながら安定しています。
2025年の研究では、多裂筋を萎縮させたモデルで椎間板や関節周囲の力学的負荷が増えることが示されました。
これは興味深い知見ですが、
多裂筋だけが首を守っていることを証明した研究ではありません。
大切なのは、
一つの筋肉を「悪者」「救世主」にしないこと。
首の痛みや機能低下を考えるときには、
筋力、筋持久力、運動制御、可動域、姿勢、活動量、症状
などを総合的に評価する必要があります。
そして運動も、
「この筋肉だけを鍛えればいい」
ではなく、
その人に不足している機能を補う
という考え方が重要です。
※今回紹介した多裂筋の研究は有限要素解析であり、特定の運動によって疼痛や機能が改善することを直接証明した研究ではありません。


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