こんなお悩みはありませんか
脳卒中を経験されたご本人やご家族から、こんな声を伺うことがあります。
- 「以前は友人と会うのが好きだったのに、今は外に出たがらない」
- 「趣味の集まりに誘っても、『もう昔のようにはできないから』と断ってしまう」
- 「もの忘れや判断力の低下があって、地域の活動に参加するのが心配」
- 「一人で外出させるのは不安で、家で過ごす時間が増えてしまった」
脳卒中の後遺症というと、麻痺や歩行障害に目が向きがちです。
しかし、その人らしい生活を考えるうえでは、
「歩けるか」だけではなく、「その歩く力を使って、どこへ行き、誰と会い、何をするのか」
まで考えることが大切です。
友人と会う。
買い物に行く。
趣味を再開する。
地域の集まりに参加する。
こうした「社会参加」も、脳卒中後のリハビリテーションにおける大切な目標の一つです。
では、もの忘れや注意力、判断力など「認知面」に問題がある場合、社会参加を取り戻すためのリハビリテーションは難しいのでしょうか。
近年、この問いに正面から取り組んだ研究が報告されています。
脳卒中後には「考えて行動する力」にも影響が出る
脳卒中後には、麻痺だけでなく、
- もの忘れ
- 注意を持続することの難しさ
- 複数のことを同時に処理することの難しさ
- 計画を立てることの難しさ
- 状況に応じて行動を切り替えることの難しさ
などがみられることがあります。
特に今回紹介する研究で注目されたのが、「実行機能」です。
実行機能とは簡単にいえば、
「目的に向かって考え、計画し、実際に行動し、必要に応じて方法を修正していく力」
です。
たとえば「一人で買い物に行く」という一見単純な活動にも、
「何を買うか決める」
「持ち物を準備する」
「店まで移動する」
「必要な商品を探す」
「予定外のことが起きたら対応する」
といった多くの認知機能が使われています。
実行機能に問題があると、身体的には歩けても、こうした複雑な活動が難しくなることがあります。
認知機能に問題がある人は、研究から除外されやすかった
ここには、もう一つ重要な問題があります。
脳卒中リハビリテーションの研究では、認知機能に問題のある方が研究対象から除外されることがあります。
そのため、
「認知面に問題がある人に対して、どのように社会参加を支援すればよいのか」
については、十分な研究が蓄積されているとはいえません。
そこで行われたのが、今回紹介するOPASSというプログラムを検証したランダム化比較試験です。
OPASSとは?
OPASSは、
Optimizing Participation after Stroke through Strategy Training
の略で、脳卒中後の社会参加を促すことを目的とした「戦略トレーニング」です。
特徴的なのは、支援者がすべての答えを教えるのではないことです。
たとえば、
「友人ともう一度食事に行きたい」
という目標があったとします。
そこで単純に、
「では歩行練習をしましょう」
だけで終わらせません。
「何が一番難しそうか?」
「移動はどうするか?」
「疲れたときはどうするか?」
「忘れ物を減らすにはどうしたらいいか?」
「どんな工夫をすれば実現できそうか?」
といったことをご本人と支援者が一緒に整理します。
そして、
目標を決める
↓
問題を見つける
↓
方法を考える
↓
実際に試す
↓
振り返る
↓
必要なら方法を変える
という経験を繰り返していきます。
つまり、
「できないことを訓練する」だけではなく、「どうすればできるかを考える方法そのものを練習する」
というアプローチです。
実行機能に問題のある脳卒中後の195名を対象に検証
この研究は台湾の複数の医療機関で行われました。
対象となったのは、地域で生活している実行機能障害を伴う脳卒中後の成人195名です。
参加者は、
- OPASS群:96名
- 対照群:99名
に無作為に分けられました。
OPASS群では、本人にとって意味のある活動を目標に設定し、その目標を実現するための問題解決方法を一緒に考える戦略トレーニングを実施。
対照群にも、OPASSとは異なる内容で、時間や注意量をそろえた介入が行われました。
介入は6〜8週間、合計12〜15セッション行われました。
認知面に問題があっても、プログラムを理解できるのか?
この研究で興味深かった点の一つが、介入への理解度です。
最初のセッションでは、プログラムの内容を十分に理解することが難しいと評価された方が最大で約10%いました。
ところがセッションを重ねるにつれて、その割合は0〜3%程度まで低下しました。
一方、「よく理解できている」と評価された割合は、最初は約40%でしたが、11回目のセッションまでには80%を超えました。
ここで注意したいのは、これは記憶力や認知機能そのものが改善したことを示すデータではないということです。
セラピストが評価した「プログラムへの理解度」の変化です。
それでも、
実行機能に問題があるからといって、最初からこうした問題解決型のリハビリテーションができないわけではない
ことを示す重要な結果といえます。
最初は難しくても、繰り返し経験しながら進めることで、プログラムを理解して参加できる方が増えていったのです。
また、OPASS群・対照群ともにプログラムへの満足度は概ね良好で、認知面に問題のある方を対象とした介入として実施可能性が示されました。
社会参加にはどんな変化があった?
研究で最も重要なのが、実際の社会参加への影響です。
結果として、介入直後にはOPASS群で対照群と比較して、
生産的活動や社会的活動に関する一部の社会参加指標で、より良い改善
が認められました。
つまり、
認知面に問題があるからといって、社会参加を目標としたリハビリテーションをあきらめる必要はない
という可能性が示されたわけです。
ただし、ここは慎重に解釈する必要があります。
すべての社会参加指標が改善したわけではありません。
また、介入直後にみられた群間差は、3か月後には明確ではなくなりました。
したがって、
「OPASSを受ければ社会参加が長期的に改善する」
とまで断定することはできません。
「考えて行動する力」にも変化がみられた
同じ研究データを用いた2026年の追加解析では、認知機能への影響も調べられています。
その結果、計画を立てたり、注意や行動を切り替えたりする能力に関係する実行機能について、Trail Making Test Part B(TMT-B)という検査で、OPASS群は対照群より介入直後に良い改善を示しました。
ただし、この差も3か月後には明確ではなくなっています。
また、その他の認知機能や健康関連QOLについて、明確な群間差が一貫して認められたわけではありません。
そのため、
「OPASSによって認知機能そのものが改善する」
と結論づけることはできません。
現時点では、
生活上の意味のある課題について、自分で考え、試し、振り返るという戦略トレーニングが、実行機能にも何らかの良い影響を与える可能性がある
という段階で捉えるのが妥当でしょう。
「良くなってから生活に戻る」だけがリハビリではない
この研究から考えたいのは、ここです。
脳卒中リハビリでは、
「もう少し歩けるようになってから外出しましょう」
「もう少し認知機能が改善してから一人で活動しましょう」
と考えることがあります。
もちろん、安全性への配慮は必要です。
しかし、
身体機能や認知機能が十分に回復するまで、社会参加を待たなければならないわけではありません。
今ある能力でできる方法を考える。
環境を調整する。
家族や周囲の人に手伝ってもらう。
メモやスマートフォンなどの道具を使う。
活動を小さな段階に分ける。
時間帯や場所を工夫する。
こうした方法によって、
「完全に元通りではなくても、やりたいことに再び参加する」
ことを目指すことはできます。
これはリハビリテーションの重要な考え方です。
「歩けるようになること」はゴールではない
リハビリテーションでは、筋力、関節可動域、歩行速度、バランス能力など、さまざまな身体機能を評価します。
もちろん、どれも重要です。
しかし、本当の生活は評価室の外にあります。
歩けるようになった先に、
「近所の喫茶店に行きたい」
「孫と出かけたい」
「友人に会いたい」
「買い物に行きたい」
「趣味を再開したい」
という目的があります。
だからこそ、
「歩けるようになったか」だけではなく、「歩けるようになって何をしたいのか」
まで考えることが大切です。
身体機能の改善は大切な目標ですが、それ自体がすべてではありません。
その人にとって意味のある生活を取り戻すための手段の一つです。
ご家族へお伝えしたいこと
もの忘れがある。
判断するのに時間がかかる。
一度説明しても忘れてしまう。
予定を立てることが難しい。
だからといって、
「もう趣味は無理」
「外出は無理」
「人と会うのは難しい」
と最初から決める必要はありません。
もちろん、認知機能障害の程度、麻痺や歩行能力、転倒リスク、失語症や高次脳機能障害などによって、必要な支援は一人ひとり異なります。
無理に社会参加を促すことが正解でもありません。
大切なのは、
「できる・できない」の二択ではなく、「本人は何をしたいのか」「どうすれば安全に実現できるのか」を一緒に考えることです。
ご自宅での鍼灸・リハビリでも、身体機能へのアプローチだけで終わらず、
「この身体で、これからどんな生活をしたいのか」
まで一緒に考えていくことを大切にしています。
認知面に不安があっても、そこで可能性を閉じる必要はありません。
できない理由だけを見るのではなく、できる方法を一緒に探していく。
それもまた、脳卒中後の大切なリハビリテーションです。
この研究を読むうえでの注意点
今回の研究は、認知面に問題のある脳卒中後の方を対象に社会参加への介入を検証した点で重要です。
一方で、
- 対象は主に実行機能障害のある方であり、すべての認知障害に結果をそのまま当てはめられるわけではない
- 社会参加に対する効果はすべての指標で認められたわけではない
- 介入直後に認められた一部の効果は3か月後には明確ではなかった
- 実行機能についても介入直後の改善はみられたものの、長期的な改善が確立されたわけではない
という限界があります。
したがって、この研究は、
「認知機能に問題があってもOPASSを行えば必ず社会参加が改善する」
ことを証明した研究ではありません。
むしろ、
「認知面に問題がある人も最初から社会参加型のリハビリテーションの対象外にするべきではない」
という重要な可能性を示した研究として捉えるのが適切です。
参考文献
Hsu SP, et al. Enhancing Societal Participation for Stroke Survivors With Cognitive Impairments: A Randomized Controlled Trial. Journal of the American Heart Association. 2025;14:e042295. doi:10.1161/JAHA.125.042295.
Chang FH, et al. Enhancing community participation for stroke survivors with cognitive impairment: study protocol for a randomised controlled trial in Taiwan. BMJ Open. 2020;10:e040241.
Hsu SP, et al. Effect of participation-focused strategy training on post-stroke cognitive functions and quality of life: results from a randomized trial. Annals of Physical and Rehabilitation Medicine. 2026;69:102116.


コメント