はじめに
肩を挙げるとき、肩甲骨は上方回旋します。
そのため肩関節痛の患者さんに対して、
「肩甲骨の上方回旋が少ないから、肩峰の下で腱板が挟まって痛みが出ている」
と説明されることがあります。
従来の肩峰下インピンジメントモデルを単純化すると、
肩甲骨の上方回旋低下
↓
肩峰下腔が狭くなる
↓
腱板が圧迫される
↓
炎症・疼痛が生じる
という考え方です。
非常に理解しやすく、臨床でも使いやすいモデルです。
しかし現在の研究を整理すると、この一直線の因果関係で肩の痛みを説明することは難しくなっています。
では、
肩甲骨の上方回旋が少ないと、本当に腱板は「挟まる」のでしょうか?
今回はsubacromial space(肩峰下腔)、肩甲骨運動、腱板との位置関係、さらに肩峰下除圧術の研究まで含めて、従来の「インピンジメント」という考え方を再検討します。
そもそも「肩峰下腔」とは?
肩峰下腔(subacromial space)は、簡単にいえば肩峰と上腕骨頭の間の領域です。
この領域には、腱板、特に棘上筋腱や肩峰下・三角筋下滑液包などが存在します。
研究では肩峰下腔を評価する代表的な指標として、
Acromiohumeral Distance(AHD:肩峰上腕骨間距離)
がよく使用されます。
これは文字どおり、
肩峰と上腕骨頭の間の距離
を測定したものです。
ここから、
「AHDが小さい
=肩峰下腔が狭い
=腱板が圧迫されやすい」
という考え方が広まりました。
しかし、最初に押さえておきたい重要な点があります。
AHDは骨と骨の距離を表す代理指標であり、腱板が実際にどの程度肩峰側へ接近・圧迫されているかを直接測定しているわけではありません。
つまり、
「AHDが小さい」ことと「腱板が病的に挟まっている」ことは同じではありません。
肩甲骨の上方回旋が少ないと肩峰下腔は狭くなるのか?
では本題です。
肩甲骨の上方回旋が減少すれば、肩峰下の組織間距離は小さくなるのでしょうか。
生体力学的には、肩甲骨運動が肩峰下の位置関係に影響すること自体は十分に考えられます。
肩甲骨が動けば肩峰の位置も変化するためです。
実際、肩甲骨・上腕骨の運動とsubacromial proximity(肩峰下組織の近接性)を検討した研究では、両者に関連があることが報告されています。
しかし重要なのは、
「上方回旋が少ないほど、必ず肩峰下腔が狭くなる」という単純な関係ではない
ということです。
肩峰下の位置関係には、
- 肩甲骨の上方回旋
- 肩甲骨の前後傾
- 肩甲骨の内外旋
- 上腕骨の挙上角度
- 上腕骨の内外旋
- 腕を挙げる方向
など、複数の要素が関係します。
さらに、上方回旋と肩峰下の近接性との関係も、腕を挙げる角度によって変化します。
したがって、
「上方回旋が○°不足しているから、その分だけ腱板が挟まる」
という解釈はできません。
肩関節は、それほど単純な構造ではないのです。
そもそも「腱板が接触する=異常」なのか?
ここは非常に重要です。
「インピンジメント」という言葉から、
腱板が肩峰側の組織に接触すること自体が異常
というイメージを持ちやすいのですが、必ずしもそうではありません。
肩峰下の組織間距離を検討した研究では、肩に症状のない人でも、腕の挙上中に腱板と烏口肩峰アーチが接触することがあると報告されています。
レビューで取り上げられた研究では、無症候者の一部でこうした接触が確認されています。
つまり、
接触
≠ 病的なインピンジメント
≠ 疼痛
なのです。
これは従来のインピンジメントモデルを考えるうえで重要なポイントです。
身体の組織は、動作中に接触したり圧縮されたりします。
問題は「接触するかどうか」だけではなく、
どの程度の負荷が、どのくらいの頻度で加わり、それに組織が耐えられる状態なのか
という視点で考える必要があります。
肩峰下腔が狭い人ほど肩が痛いのか?
もし従来のモデルが主要な疼痛メカニズムであるなら、
肩峰下腔が狭い人ほど肩が痛い
という関係が予想されます。
しかし研究結果は、それほど単純ではありません。
2020年にParkらが発表したシステマティックレビュー・メタ解析では、15研究・775人を対象として、Subacromial Pain Syndrome(SAPS)の人と健常者の肩峰下腔が比較されました。
その結果、AHDについて、
- 肩関節中間位
- 外転45°
- 外転60°
のいずれでも、SAPS群と健常群の間に明確な差は認められませんでした。
さらに重要なのが、
AHDと疼痛・機能障害との間にも一貫した関連が認められなかった
ことです。
つまり、
「肩峰下腔が狭いから肩が痛い」
という説明だけでは、患者さんの症状を十分に説明できません。
ただし「肩峰下の構造は何も関係ない」わけではない
ここは誤解しないように注意が必要です。
同じ2020年のレビューでは、安静位におけるoccupation ratio、つまり肩峰下腔に対して軟部組織が占める割合について、SAPS群で約5.1%高いという結果も報告されています。
したがって、
「肩峰下の構造的要因は痛みと一切関係ない」
と断定するのも適切ではありません。
現在の研究から言えるのは、
肩峰下の構造や距離だけでRCRSPの疼痛を説明することは難しい
ということです。
RCRSPでは肩甲骨の上方回旋は少ないのか?
では実際に、肩が痛い人では上方回旋が少ないのでしょうか。
2025年に発表されたシステマティックレビュー+メタ回帰では、Rotator Cuff-Related Shoulder Pain(RCRSP)の人と健常者の3次元的な肩甲骨運動が比較されました。
20研究を統合した結果、RCRSP群では安静時の肩甲骨上方回旋が健常群より平均6.11°少ないことが示されました。
一見すると、
「やっぱり上方回旋が少ないじゃないか」
と思うかもしれません。
しかし、この結果のエビデンスの確実性はvery low(非常に低い)と評価されています。
さらに重要なのは、
肩に症状のない人でも肩甲骨運動の個人差が非常に大きかった
ことです。
つまり、
「正常な上方回旋は○°」
「これより少なければ異常」
と簡単に線引きすることは難しいのです。
「上方回旋が少ない」と「それが痛みの原因」は別問題
ここが今回の記事で最も重要なポイントです。
仮にRCRSPの患者さんで上方回旋が少なかったとしても、
上方回旋が少ない
= 腱板が挟まっている
= それが疼痛の原因
とは言えません。
なぜなら、横断研究で運動学的な違いが見つかったとしても、それだけでは因果関係を証明できないからです。
例えば、
疼痛
↓
腕の動かし方が変化する
↓
肩甲骨運動が変化する
という可能性があります。
反対に、
筋力や筋機能の変化
↓
肩甲骨・上腕骨の運動戦略が変化する
という可能性もあります。
つまり、
「肩甲骨運動の変化が痛みを作った」のか
「痛みによって肩甲骨運動が変わった」のか
「別の要因が両方に影響している」のか
を、肩甲骨の動きを観察しただけで判断することはできません。
「骨に腱が挟まる」というモデル自体が見直されている
近年では、RCRSPを主として、
「肩峰が腱板を機械的に圧迫する疾患」
として捉える従来のmechanical impingement modelについても再検討されています。
2023年のナラティブレビューでは、
- subacromial spaceの減少
- scapular dyskinesis
- 肩峰形態
などがRCRSPの発症や疼痛に直接寄与するという従来の説明について、現在の研究からは十分に支持されていないと論じられています。
もちろん、これはナラティブレビューであり、この研究だけで結論を出すことはできません。
それでも、現在の研究全体を考えると、
RCRSPを単純な「骨と腱の衝突問題」として説明することには無理があります。
「肩峰下を広げれば治る」のか?――手術研究から見えてくること
この問題を考えるうえで非常に興味深いのが、肩峰下除圧術の研究です。
従来のインピンジメントモデルが正しいのであれば、
肩峰下を外科的に広げる
↓
腱板への機械的圧迫が減る
↓
疼痛・機能が改善する
という結果が期待されます。
しかし、2025年に報告されたFIMPACT試験の10年追跡では、肩峰下除圧術はプラセボ手術と比較して疼痛や機能に追加的な利益を示しませんでした。
つまり、
「肩峰下を物理的に広げれば症状が改善する」
という単純な機械的モデルでは、この結果を説明しにくいのです。
もちろん、
「除圧術が効かなかった=肩峰下での機械的負荷は一切関係ない」
とまでは言えません。
しかし、少なくともRCRSPの疼痛を「狭い空間で腱板が挟まっているから」とだけ説明することには、かなり慎重になる必要があります。
では、RCRSPの痛みをどう考えるのか?
現在は、腱板痛をより多因子的に考える必要があります。
例えば、
腱組織の状態・適応
+
筋力・筋機能
+
肩甲骨・上腕骨の運動戦略
+
活動量や負荷量
+
負荷に対する組織の耐性
+
疼痛処理・神経系
+
心理社会的要因
などです。
これは、
「肩甲骨は関係ない」
「構造はどうでもいい」
という話ではありません。
構造も運動も重要です。
ただし、
1つの構造的異常だけを見つけて、それを疼痛の原因と決めつけない
ことが重要なのです。
では、肩甲骨を評価する意味はないのか?
ここで、
「じゃあ肩甲骨なんて見なくていいの?」
となるのも極端です。
肩甲骨を評価する意味はあります。
例えば患者さんの腕を挙げるときに、
- 上方回旋を補助する
- 後傾を促す
- 上腕骨の外旋を組み合わせる
- 挙上面を変える
といった操作を行います。
その結果、
「痛みが減る」
「腕が挙げやすくなる」
「筋出力が変わる」
のであれば、その患者さんの運動療法を考えるうえで有益な情報になります。
重要なのは、
肩甲骨を「正常な位置に矯正する対象」としてだけ見ないこと
です。
肩甲骨は「原因探し」より「症状を変えられる変数」として見る
臨床では、
「この肩甲骨は正常か?異常か?」
だけを見るよりも、
「肩甲骨の動きを変えたとき、この患者さんの症状や機能はどう変化するのか?」
を見る方が実用的です。
例えば、
上方回旋を促す。
後傾を促す。
上腕骨の回旋を変える。
挙上面を変える。
負荷量を変える。
そして、その場で疼痛・可動域・筋出力・動作がどう変化するかを確認する。
つまり、
形を「正しい位置」に戻すための肩甲骨評価ではなく、患者さんの症状や運動戦略を理解するための肩甲骨評価
として捉えるということです。
まとめ
今回のポイントを一言で表すなら、
上方回旋↓
≠ 必ず肩峰下腔↓
≠ 必ず腱板圧迫↑
≠ 必ず疼痛↑
です。
肩甲骨運動が肩峰下の組織間距離に影響する可能性はあります。
しかし、
「上方回旋が少ないから肩峰下腔が狭くなり、腱板が挟まれて痛い」
という一直線の因果モデルでRCRSPを説明することは、現在の研究からは困難です。
肩峰下腔の狭さと疼痛には単純な関係がなく、無症候者でも腱板と烏口肩峰アーチの接触は起こり得ます。
さらに、肩甲骨運動には健常者でも大きな個人差があります。
そして肩峰下除圧術がプラセボ手術を上回らなかった長期RCTの結果も、単純なmechanical impingement modelに疑問を投げかけています。
だからといって、肩甲骨や構造を見る必要がないわけではありません。
大切なのは、
「この動きは異常だから治す」
ではなく、
「この患者さんでは、この動きを変えると症状や機能がどう変わるのか?」
という視点です。
肩甲骨を「正しい位置に戻す対象」ではなく、
患者さんの症状・負荷・運動戦略を理解するための一つの変数として捉える。
現在のRCRSPを考えるうえでは、その方が研究にも臨床にも整合的です。
参考文献
- Park SW, et al. No relationship between the acromiohumeral distance and pain in adults with subacromial pain syndrome: a systematic review and meta-analysis. Scientific Reports. 2020;10:20611.
- Lawrence RL, et al. Shoulder kinematics impact subacromial proximities: a review of the literature. Brazilian Journal of Physical Therapy. 2020.
- Fernández-Matías R, et al. Scapular kinematics variability in individuals with and without rotator cuff-related shoulder pain: a systematic review with multilevel meta-regression. Brazilian Journal of Physical Therapy. 2025.
- Lo CN, et al. Review examining pain mechanisms and the traditional mechanical impingement hypothesis in rotator cuff-related shoulder pain. 2023.
- Paavola M, et al. FIMPACT trial: 10-year follow-up comparing arthroscopic subacromial decompression with placebo surgery and exercise therapy. BMJ. 2025.


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