腱板腱症の運動療法はなぜ効く? ― 腱・筋肉・神経・心理から考える6つのメカニズム

疼痛

はじめに

腱板腱症や腱板関連肩痛(Rotator Cuff-Related Shoulder Pain:RCRSP)に対して、運動療法は保存療法の中心となる治療です。

実際、運動を継続することで、

  • 肩の痛みが軽くなる
  • 腕を上げやすくなる
  • 筋力が向上する
  • 仕事やスポーツに復帰しやすくなる

といった改善が期待できます。

では、なぜ運動すると肩の痛みが改善するのでしょうか?

「弱くなった筋肉が強くなるから」

「傷んだ腱が修復されるから」

このように説明されることがありますが、現在の研究では、それほど単純ではないと考えられています。

2023年に腱板腱症に対する運動療法の作用機序を調べたレビューでは、110件の臨床試験から、実に32種類もの想定メカニズムが抽出されました。

つまり現時点では、「これが運動療法の効果の正体だ」という一つのメカニズムは確立していません。

むしろ、

腱組織の適応

筋力・筋機能の改善

運動制御の変化

疼痛処理・神経系の変化

負荷耐性の向上

心理社会的要因

といった複数の変化が重なり合って、症状や機能が改善すると考える方が妥当です。

今回は、この6つのメカニズムを専門用語の意味も含めて解説します。

① 腱組織の適応 ― 腱は「負荷」に反応する組織

まず考えられるのが、運動によって腱そのものが適応することです。

ここで重要な言葉が、

Mechanical Loading(メカニカル・ローディング)

です。

日本語では「機械的負荷」と訳されます。

例えば、ダンベルを持って肩を外旋したとします。

筋肉が収縮すると、その力は腱を介して骨へ伝わります。その際、腱には引っ張られる力、つまり張力が加わります。

腱は単なる「筋肉と骨をつなぐロープ」ではありません。

腱の中に存在する腱細胞(tenocyte:テノサイト)は、このような機械的刺激を感知します。

そこで登場するのが、

Mechanotransduction(メカノトランスダクション)

です。

少し難しい言葉ですが、

「物理的な刺激を、細胞が生物学的な反応へ変換する仕組み」

と考えると分かりやすいでしょう。

つまり、

運動する

腱に張力が加わる

腱細胞が刺激を感知する

細胞内のシグナルが変化する

コラーゲンなどの代謝が変化する

腱が負荷に適応する

という流れです。

コラーゲンの「再構築」も起こる可能性がある

腱の主要な構成成分はⅠ型コラーゲンです。

運動による機械的刺激によって、コラーゲンの合成や分解などの代謝が変化します。

このように組織を作り替えていく過程を、

Remodeling(リモデリング)=再構築

と呼びます。

その結果、腱の断面積やコラーゲン配列、力学的特性などが長期的に変化する可能性があります。

ただし、ここには重要な注意点があります。

「腱が再構築されたから痛みが改善した」とまでは証明されていません。

症状が改善しても、超音波やMRIで確認される腱の構造異常が残っていることがあるからです。

② 筋力・筋機能の改善 ― 単純な「筋力アップ」だけではない

次に分かりやすいのが筋機能です。

腱板は、

  • 棘上筋
  • 棘下筋
  • 小円筋
  • 肩甲下筋

によって構成されています。

しかし肩を動かす際には、腱板だけではなく三角筋、僧帽筋、前鋸筋など、多くの筋肉が協調して働きます。

痛みが続くと、単純な最大筋力だけでなく、筋肉を働かせるタイミングや持久力などが変化する可能性があります。

運動療法によって改善する可能性があるのは、

Strength(ストレングス)=筋力

だけではありません。

Endurance(エンデュランス)=筋持久力

や、

Rate of Force Development:RFD

つまり、「どれだけ素早く力を立ち上げられるか」という能力もあります。

例えば、肩を1回だけ上げられることと、仕事で何十回も腕を上げ続けられることは別の能力です。

したがって、運動療法の目的を単純な「筋力アップ」だけで考えるのは不十分です。

③ 運動制御の変化 ― 「正しい動き」に戻すだけではない

次は、

Motor Control(モーターコントロール)=運動制御

です。

簡単に言えば、

「脳や神経が筋肉をどのように使って動作を組み立てるか」

ということです。

肩関節の運動では、上腕骨だけが動くわけではありません。

肩甲骨や鎖骨も同時に動き、多くの筋肉が協調することで腕を上げています。

そのため運動療法を繰り返すことで、

  • 筋活動のタイミング
  • 筋肉同士の協調
  • 肩甲骨と上腕骨の協調
  • 動作に対する感覚
  • 運動パターン

などが変化する可能性があります。

ただし、ここで注意したいことがあります。

昔から、

「肩甲骨の位置が悪いから肩が痛い」

「正しい位置に戻せば痛みが改善する」

という説明がされることがあります。

しかし現在は、「正常な肩甲骨運動」という一つの正解に全員を当てはめる考え方には慎重です。

人間の身体には、

Movement Variability(ムーブメント・バリアビリティ)

つまり「動きの多様性」があります。

毎回まったく同じ関節角度・同じ筋活動で動く必要はありません。

重要なのは「理想的な一つのフォーム」を作ることではなく、その人が必要な課題に応じて複数の運動戦略を使えることだと考えられます。

④ 疼痛処理・神経系の変化 ― 痛みは腱だけで決まらない

ここは非常に重要です。

肩が痛いと、

「腱が傷んでいるから痛い」

と考えたくなります。

しかし痛みは、組織の損傷だけで決まるものではありません。

腱などから入った感覚情報は、脊髄や脳で処理され、最終的に「痛み」という体験になります。

慢性的な肩痛では、一部の患者で疼痛感受性が高まっていることがあります。

その一つとして研究されているのが、

Central Sensitization(セントラル・センシタイゼーション)=中枢性感作

です。

簡単に表現すると、

「中枢神経系が刺激に対して過敏になっている状態」

です。

もちろん、腱板腱症の患者全員に中枢性感作があるわけではありません。

運動そのものに鎮痛作用がある

さらに興味深い現象があります。

Exercise-Induced Hypoalgesia:EIH

です。

日本語では「運動誘発性鎮痛」と呼ばれます。

Hypoalgesiaとは「痛みに対する感受性が低下すること」。

つまり、

運動した後、一時的に痛みを感じにくくなる現象

です。

そのメカニズムには、内因性疼痛抑制系、オピオイド系、エンドカンナビノイド系など、複数の神経生理学的機序が関与すると考えられています。

したがって運動療法は、

「傷んだ腱を修復するための治療」

であるだけではなく、

「神経系の疼痛処理に影響する刺激」

でもある可能性があります。

⑤ 負荷に対する耐性が向上する

臨床的には、この考え方が非常に重要です。

英語では、

Load Tolerance(ロード・トレランス)=負荷耐性

と表現できます。

簡単に言えば、

「その肩が、どの程度の運動や仕事に耐えられるか」

ということです。

例えば、ある患者さんの現在の肩の能力を仮に「10」とします。

しかし仕事では「15」の負荷が必要だとします。

すると、

必要な負荷15 > 現在の能力10

となり、仕事を繰り返すことで症状が出る可能性があります。

そこで運動療法によって、

10 → 12 → 15 → 20

と徐々に肩の能力を高めていきます。

すると同じ「15」の仕事でも、以前より余裕を持って対応できるようになります。

これが、

Capacity(キャパシティ)=身体が持っている能力

という考え方です。

重要なのは、このcapacityが筋力だけで決まるわけではないことです。

筋力、筋持久力、腱の適応、運動制御、疼痛への反応などを含むシステム全体としての能力と考える方が適切です。

⑥ 心理社会的要因 ― 「気の持ちよう」という意味ではない

最後が、

Psychosocial Factors(サイコソーシャル・ファクター)=心理社会的要因

です。

この言葉が出ると、

「結局、精神的な問題なの?」

と思われるかもしれません。

そういう意味ではありません。

例えば肩を動かすたびに強い痛みを経験していると、

腕を上げる

痛い

また痛くなると思う

腕を動かさなくなる

活動量が低下する

身体の負荷耐性も低下する

さらに動かすことが怖くなる

という悪循環が起こることがあります。

これに関連する考え方が、

Fear-Avoidance(フィア・アボイダンス)=恐怖回避

です。

つまり、「痛みへの恐怖から、その動作を必要以上に避けること」です。

「動かしても大丈夫だった」という経験も治療になる

そこで適切に負荷を調整した運動を行います。

例えば、

「この重さなら大丈夫だった」

「昨日より腕を上げられた」

「多少痛かったけれど、翌日に悪化しなかった」

という経験を積み重ねていきます。

すると、

Self-Efficacy(セルフ・エフィカシー)=自己効力感

つまり、

「自分ならこの動作をできる」という感覚

が高まる可能性があります。

これは単なる気分の問題ではありません。

恐怖が減れば身体活動量が増えます。

身体活動量が増えれば、筋や腱に適切な負荷が入ります。

すると身体機能もさらに改善する可能性があります。

心理と身体は別々に存在しているわけではないのです。

6つのメカニズムは別々に起きるわけではない

ここが最も重要です。

実際の身体では、

運動療法

腱へのMechanical Loading(機械的負荷)

腱・筋の適応

筋力・筋持久力の向上

Load Tolerance(負荷耐性)の向上

「動かしても大丈夫」という経験

Fear-Avoidance(恐怖回避)の減少

活動量の増加

さらに適切な負荷が加わる

というように、それぞれが相互に影響していると考えられます。

さらに運動そのものが神経系の疼痛処理にも影響する可能性があります。

つまり、


×

×
神経
×
運動
×
心理
×
行動

を切り離して考えること自体が難しいのです。

「腱が治ったから痛くなくなった」とは限らない

ここまで考えると、腱板腱症に対する運動療法を、

運動する → 傷んだ腱が修復される → 痛みが消える

という一本の線だけで説明することが難しい理由が分かります。

実際には、

腱組織の適応

筋機能の改善

運動制御の変化

疼痛処理の変化

負荷耐性の向上

心理・行動の変化

という複数の要素が重なり合っている可能性があります。

したがって、

痛みが減った=腱が元通りになった

とは限りません。

反対に、

画像上の腱異常が残っている=リハビリが失敗した

とも限りません。

リハビリで本当に見るべきものは何か?

この考え方に立つと、リハビリの評価も変わってきます。

MRIや超音波で腱を見ることは重要です。

しかし、それだけでは不十分です。

痛みはどう変化したか。

筋力や持久力は上がったか。

以前できなかった動作ができるようになったか。

仕事やスポーツで必要な負荷に耐えられるか。

肩を動かすことへの恐怖は減ったか。

こうした複数の指標を見る必要があります。

最終的な目的は、

「画像上きれいな腱を作ること」

ではありません。

その人が必要とする活動に、肩が再び耐えられるようにすること。

これが、腱板腱症に対する運動療法を考えるうえで重要な視点だと思います。

まとめ

腱板腱症に運動療法が有効な理由は、一つではありません。

現在考えられている主なメカニズムには、

① 腱組織の適応
Mechanical LoadingやMechanotransductionを介して、腱細胞や細胞外マトリックスが負荷に適応する。

② 筋力・筋機能の改善
筋力だけでなく、筋持久力や力を発揮する能力などが向上する。

③ 運動制御の変化
筋肉同士の協調や、課題に応じた運動戦略が変化する。

④ 疼痛処理・神経系の変化
Exercise-Induced Hypoalgesiaなど、運動が疼痛処理に影響する可能性がある。

⑤ 負荷耐性の向上
筋・腱・神経を含む身体全体のCapacityが高まり、日常生活や仕事の負荷に耐えられるようになる。

⑥ 心理社会的要因
Fear-Avoidanceの減少やSelf-Efficacyの向上によって、活動や運動への参加が変化する。

これらは独立したメカニズムではなく、相互に影響し合っています。

だからこそ腱板腱症の運動療法では、

「どの筋肉を鍛えるか」だけではなく、「その患者が再び何に耐えられるようになる必要があるのか」

まで考えて運動を処方することが重要です。

参考文献

Vila-Dieguez O, et al. Exercise for rotator cuff tendinopathy: Proposed mechanisms of recovery. Shoulder & Elbow. 2023.

Drew BT, et al. Do structural changes (eg, collagen/matrix) explain the response to therapeutic exercises in tendinopathy: a systematic review. Br J Sports Med. 2014.

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