はじめに
脳卒中を経験した方では、足の筋力低下やバランス障害、歩行速度の低下など、下肢・歩行に関する問題が高い割合で残ることが知られています。
歩く力は、単に「移動できるかどうか」だけの問題ではありません。トイレや入浴、着替えといった日常生活動作だけでなく、外出や買い物、家族・友人との交流など、生活の広がりにも大きく関わります。
そのため、脳卒中リハビリにおいて「どうすれば歩行能力をより改善できるのか」は非常に重要なテーマです。
一方で、下肢・歩行リハビリにはさまざまな方法があります。
従来型の理学療法、有酸素運動、筋力トレーニング、リハビリロボットやVRを使ったトレーニング、鍼灸や推拿などを含む伝統中国リハビリ、さらに経頭蓋磁気刺激など神経系への働きかけを利用した方法まで、選択肢は年々増えています。
では、これらを比較した場合、どの方法がより効果的なのでしょうか。
2026年3月、上海体育大学などの研究チームが『Frontiers in Neurology』に発表した研究では、33件のランダム化比較試験(RCT)を統合し、6種類の非侵襲的リハビリ手法について「ネットワークメタ解析」を用いて比較しました。
ネットワークメタ解析とは、ある治療法同士を直接比較した研究だけでなく、共通の比較対象を介した間接的な比較も組み合わせることで、複数の治療法をまとめて評価する方法です。
比較された6つのリハビリ手法
今回の研究では、リハビリ方法を以下の6カテゴリーに分類しています。
1.標準リハビリ(SR:Standard Rehabilitation)
関節可動域訓練、バランス訓練、歩行訓練など、一般的に行われている基本的なリハビリです。
2.有酸素リハビリ(AR:Aerobic Rehabilitation)
一定時間の有酸素運動によって、心肺機能や持久力の改善を目指す方法です。
3.筋力トレーニングリハビリ(RTR:Resistance Training Rehabilitation)
重錘やゴムバンドなどを利用して、股関節・膝関節・足関節などの筋力向上を目指します。
4.知能化リハビリ(IR:Intelligent Rehabilitation)
リハビリロボットやVR(バーチャルリアリティ)などの機器を利用し、反復練習や視覚的・感覚的フィードバックを取り入れたリハビリです。
5.伝統中国リハビリ(TCR:Traditional Chinese Rehabilitation)
鍼灸、推拿(中国式マッサージ)、気功など、伝統中国医学を背景とするリハビリ方法をまとめたカテゴリーです。
6.神経調節リハビリ(NR:Neuromodulation Rehabilitation)
rTMS(反復経頭蓋磁気刺激)などの非侵襲的脳刺激や、ミラー療法など、神経系への働きかけを利用する方法です。
結果①:下肢機能では「知能化リハビリ」が上位
まず、「足をどの程度動かせるか」という下肢運動機能について比較が行われました。
主な評価には、脳卒中後の運動麻痺を評価するFugl-Meyer Assessmentの下肢項目などが使用されています。
下肢機能についてSUCRAという指標を用いて順位付けできた4つのリハビリ方法では、以下の結果となりました。
1位:知能化リハビリ(IR)
2位:有酸素リハビリ(AR)
3位:筋力トレーニングリハビリ(RTR)
4位:標準リハビリ(SR)
SUCRA値は、
- IR:75.7%
- AR:60.7%
- RTR:53.1%
- SR:10.5%
でした。
また、IRが「最も効果的な治療である確率」は46.7%と算出されています。
ただし、ここで非常に重要な点があります。
「順位が1位だから、他の治療より明確に優れている」とは限りません。
実際、IRと標準リハビリを直接比較した解析では、統計学的に明確な有意差は確認されていませんでした。
さらに研究間のばらつきも大きく、結果の解釈には注意が必要です。
したがって、
「ロボットやVRを使えば必ず従来のリハビリより良くなる」
と結論づけることはできません。
あくまで複数の治療法を相対的に比較した場合、IRが上位になる可能性が高かった、という結果です。
伝統中国リハビリは下肢機能で有意な改善
鍼灸や推拿などを含む伝統中国リハビリ(TCR)については、標準リハビリと比較した際に、下肢運動機能で統計学的に有意な改善が認められました。
効果量は、
SMD=0.72
95%信頼区間:0.37〜1.07
でした。
つまり、TCRは下肢運動機能に対して一定の改善効果を示した可能性があります。
ただし注意したいのは、今回の論文ではTCRは下肢機能のSUCRAランキングには含まれていないことです。
そのため、
「IRがTCRより優れていた」
という比較をこの結果だけから行うことはできません。
ここは非常に重要なポイントです。
結果②:実際の「歩く力」では神経調節リハビリが1位
一方、歩行速度や6分間歩行テストなど、「実際に歩く能力」を評価した結果では順位が変わりました。
歩行機能のSUCRA順位は、
1位:神経調節リハビリ(NR)
2位:知能化リハビリ(IR)
3位:有酸素リハビリ(AR)
4位:筋力トレーニングリハビリ(RTR)
5位:伝統中国リハビリ(TCR)
6位:標準リハビリ(SR)
となりました。
特に注目したいのがNRです。
NRが最も効果的な方法である確率は36.5%でした。
さらに、標準リハビリとの比較でも、
SMD=0.73
95%信頼区間:0.53〜0.92
と、統計学的に有意な歩行機能の改善が認められています。
つまり今回の研究では、歩行能力についてはNRが単に「順位が1位だった」だけではなく、標準リハビリと比べても有意な改善を示していました。
一方、IR、AR、RTR、TCRについては、歩行機能における標準リハビリとの差が統計学的に明確とはいえませんでした。
なぜ「足を動かす能力」と「歩く能力」で結果が違うのか
この結果は非常に興味深いものです。
「足が動くようになること」と「実際に歩けるようになること」は、同じように見えて、実際には異なる能力だからです。
歩行には、
- 筋力
- 関節可動域
- バランス
- 体性感覚
- タイミング
- 左右の協調性
- 姿勢制御
- 運動学習
- 心肺持久力
など、非常に多くの要素が必要です。
例えば膝を伸ばす力が強くなったとしても、それだけで歩行速度が上がるとは限りません。
逆に、筋力そのものが大きく変わらなくても、運動のタイミングや協調性が改善すれば、歩行能力が向上することもあります。
知能化リハビリが上位になった理由
論文では、ロボットやVRなどを利用する知能化リハビリについて、
- 高い反復回数
- 正確なフィードバック
- 課題志向型トレーニング
- 患者ごとの負荷調整
といった特徴が、運動学習を促進する可能性を指摘しています。
脳卒中後の運動回復では「反復」が非常に重要です。
ロボットなどを利用すると、人だけで行うリハビリよりも多くの反復運動を安全に行える場合があります。
そのため、運動学習の量を確保しやすいことが、今回の結果につながった可能性があります。
神経調節リハビリが歩行機能で上位になった理由
NRでは、rTMSなどを利用して脳の運動関連領域の興奮性を調整します。
脳卒中後には、損傷した側の脳と反対側の脳との活動バランスが変化することがあります。
こうした神経活動を調整することで、運動学習や歩行練習の効果を高められる可能性があります。
ただし、脳刺激だけで歩行能力が改善するというより、
脳刺激と実際の運動・歩行練習を組み合わせること
が重要だと考えた方がよいでしょう。
「標準リハビリが最下位=効果がない」ではない
今回の研究では、標準リハビリ(SR)が下肢機能・歩行機能ともにランキングでは低い位置でした。
しかし、これは
「標準的なリハビリには効果がない」
という意味ではありません。
多くの研究では、ロボット、脳刺激、鍼灸などの新しいアプローチは、標準的なリハビリを土台として追加されています。
つまり、
基本的な運動療法や歩行練習を行ったうえで、必要に応じて他のアプローチを追加する
という考え方が現実的です。
「新しい治療か、従来のリハビリか」という二者択一ではありません。
この研究には限界もある
今回の研究は33件のRCTをまとめたネットワークメタ解析であり、非常に参考になる研究です。
しかし、いくつか注意すべき点があります。
まず、リハビリ方法の分類がかなり幅広いことです。
例えば「伝統中国リハビリ」には鍼灸だけでなく推拿や気功なども含まれています。
「神経調節リハビリ」についても、すべてが同じ治療内容ではありません。
そのため、
「鍼灸ならこの効果」
「rTMSならこの効果」
と、そのまま個別の治療法に当てはめることはできません。
また、
- 脳卒中発症からの期間
- 麻痺の程度
- 年齢
- リハビリ頻度
- 1回あたりの治療時間
- 治療期間
- 評価方法
なども研究によって異なっています。
さらに、リハビリ研究では患者やセラピストを完全に盲検化することが難しく、バイアスの影響も避けられません。
したがって、今回の順位は絶対的な「治療法ランキング」ではなく、
現時点の研究をまとめた場合に、どの方法が比較的有望に見えるか
を示したものと捉えるべきでしょう。
在宅リハビリの現場から考える
今回の研究で特に興味深いのは、
「何を改善したいかによって、有望なアプローチが違う」
という点です。
足そのものの運動機能を改善するのか。
実際の歩行能力を伸ばすのか。
長い距離を歩けるようにするのか。
転倒しにくくするのか。
外出できるようにするのか。
目標によって必要な治療は変わります。
在宅で鍼灸とリハビリを組み合わせて提供している立場からすると、TCRが下肢運動機能について標準リハビリより有意な改善を示した点は非常に興味深い結果です。
一方で、歩行機能のランキングではTCRは5位でした。
この結果については都合よく解釈せず、きちんと受け止める必要があります。
歩行という複雑な機能を改善するためには、鍼灸などの伝統中国リハビリだけに頼るのではなく、
- 筋力トレーニング
- バランス練習
- 実際の歩行練習
- 有酸素運動
- 課題反復
- 必要に応じた神経刺激
などを組み合わせることが重要になる可能性があります。
例えば鍼灸によって痛みや筋緊張、動かしにくさに働きかけ、その後に実際の運動練習や歩行練習を行う。
こうした「動きやすい状態をつくったうえで、実際に動かす」という考え方は、臨床的にも非常に重要だと考えています。
ただし、今回の研究から「鍼灸と運動療法を組み合わせれば必ず歩行が改善する」とまで結論づけることはできません。
今後、組み合わせ方そのものを検証する研究も必要でしょう。
まとめ
今回のネットワークメタ解析から見えてきたのは、
脳卒中後の下肢・歩行リハビリには、すべての人に共通する「唯一の正解」はない
ということです。
下肢運動機能については、知能化リハビリがランキング上位となりました。
歩行機能については、神経調節リハビリが最も高い順位となり、標準リハビリと比べても有意な改善が確認されました。
また、鍼灸などを含む伝統中国リハビリは、下肢運動機能について標準リハビリより有意な改善を示しています。
一方で、歩行機能では相対的な順位は高くありませんでした。
大切なのは、
「どの治療法が一番か」ではなく、「その人の目標に対して、何を組み合わせるか」
という視点です。
脳卒中リハビリでは、標準的な運動療法や歩行練習を土台としながら、必要に応じて筋力トレーニング、有酸素運動、テクノロジー、神経調節、鍼灸などを組み合わせる。
その人の状態と目標に合わせて治療を設計していくことが、これからますます重要になっていくのではないでしょうか。
参考文献
Zhang S, Zhang H, Miao Z, Han J. Comparative effects of six rehabilitation therapies on lower limb function and gait function in stroke patients: a network meta-analysis of 33 RCTs. Frontiers in Neurology. 2026;17:1759251. doi:10.3389/fneur.2026.1759251
脳卒中後のリハビリでは、「どの方法が一番いいか」よりも、今の状態や目標に合わせて何を組み合わせるかが大切です。
リハりんでは、脳卒中後の麻痺や歩行の悩みに対して、鍼灸とリハビリを組み合わせた訪問施術を行っています。
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そんな方は、お気軽にご相談ください。
訪問鍼灸×リハビリ「リハりん」
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