はじめに
脳卒中の後遺症として、手や腕の麻痺(上肢機能障害)は特に回復が難しく、生活への影響も大きいことが知られています。実際、脳卒中を経験された方の約4割に、上肢機能の障害が長期間残るとされています。
歩けるようになっても、箸を持つ、ボタンをかける、といった手の動きは後回しにされがちです。過去の調査では、入院中に上肢のリハビリへ割かれる時間が、1日あたりわずか数分程度だったという報告もあります。
では、上肢のリハビリの「量」を増やせば、それだけ回復も良くなるのでしょうか。
2026年3月、オーストラリア・アデレード大学の研究グループが、学術誌『Frontiers in Rehabilitation Science』に、この疑問を検討したシステマティックレビューを発表しました。
今回は、その内容を分かりやすく紹介します。
どんな研究を集めたのか
この研究で重要なのは、単純に「たくさんリハビリをした人」と「少なかった人」を比べたわけではないことです。
研究チームは、
リハビリの内容は同じにして、訓練時間だけを変えた研究
に絞って解析しました。
同じ運動療法であっても、訓練内容そのものが違っていれば、改善した理由が「訓練量」なのか「訓練内容」なのか分からなくなるためです。
対象は、脳卒中発症後3か月以降の「亜急性期後期〜慢性期」の方です。
特に今回集められた151名のうち148名は発症後6か月以上の慢性期であり、実質的には慢性期脳卒中の方を中心に検討した研究と考えてよいでしょう。
発症早期には、脳浮腫の改善や血流の回復など、リハビリとは別に自然な生物学的回復も起こりやすくなります。そこで、こうした影響が比較的小さくなった時期を対象にすることで、「リハビリの量そのもの」が回復にどの程度影響するのかを検討しています。
Medline、EMBASE、EMCARE、PsycInfoの4つのデータベースから約2,600件の論文を検索し、最終的に条件を満たした4件のランダム化比較試験、合計151名が解析対象となりました。
いずれも、同じ内容の上肢訓練について、訓練量を50%以上増やした群と、少ない量の群を比較しています。
結果:量を増やすと、どのくらい変わるのか
上肢機能の評価には、国際的に広く使用されている「Fugl-Meyer Assessment(FMA)」と「Action Research Arm Test(ARAT)」が用いられました。
FMA:運動麻痺そのものを見る評価
FMAは、腕や手をどの程度動かせるかなど、主に運動機能障害の程度を評価する指標です。
1件の多群ランダム化比較試験から得られた2つの比較をまとめたところ、訓練量が多い群は、少ない群よりFMAが平均6.73点良好でした。
この差は統計学的にも有意でした。
- 平均差:6.73点
- p=0.009
また、この6.73点という差は、臨床的に意味のある変化の目安とされる5.25点を上回っています。
つまり、単に検査上の数字が少し変わっただけではなく、実際の運動機能にも意味のある違いが生じた可能性があるということです。
ただし、この結果は1件の研究、25名のデータに基づいており、エビデンスの確実性は「低い」と評価されています。
ARAT:実際に物を扱う能力を見る評価
ARATは、物をつかむ、持ち上げる、つまむといった、より実際の動作に近い上肢機能を評価する検査です。
3件の研究をまとめたところ、訓練量が多い群と少ない群の平均差は2.69点でした。
しかし、
- 平均差:2.69点
- 95%信頼区間:−2.05〜7.43
- p=0.266
であり、統計学的に有意な差とはなりませんでした。
つまり、「訓練量を増やせば、実際の手の使用能力まで確実に改善する」とまでは、今回の研究からは言えません。
「量」の増やし方によって結果が変わる
今回のレビューで特に興味深いのが、
リハビリの時間をどれくらい増やしたか
によって結果を分けて解析している点です。
結果は次のようになりました。
- 50〜100%増:平均差0.29点
- 100〜150%増:平均差約0.89点
- 200%以上増:平均差13.86点
95%信頼区間3.43〜24.29、p=0.009
50〜150%程度の増加では、大きな効果は確認されませんでした。
一方、200%以上増やした場合には、明確な改善が確認されました。
ここで注意したいのが、「200%増」の意味です。
200%増とは、元の量の2倍になるという意味ではありません。
たとえば20時間の訓練を200%増やす場合、
20時間+40時間=60時間
となるため、最終的な訓練量は元の3倍になります。
つまり今回の結果は、
少し訓練時間を増やす程度では大きな差は出にくく、元の3倍程度以上まで大幅に増やした場合に、明確な改善が確認された
と解釈するのが適切です。
では、実際には何時間くらい必要なのか
対象となった研究では、訓練量が少ない群の総訓練時間は、おおよそ13.6〜25時間でした。
これを200%増、つまり元の3倍にすると、
約40〜75時間
となります。
研究チームも、この40〜75時間程度を、今後の臨床や研究で参考になる一つの目安として挙げています。
期間としては、主に6〜10週間程度の中で行われていました。
ただし、
「40時間やれば必ず改善する」
「75時間やればさらに良くなる」
という意味ではありません。
今回の研究から示唆された一つの訓練量の目安であり、どこまで量を増やせば効果が伸び続けるのか、逆にどこかで頭打ちになるのかについては、まだ分かっていません。
読み解くうえで気をつけたいこと
今回の結果は非常に興味深いものですが、「とにかくたくさんやればよい」と単純に結論づけることはできません。
研究の著者自身も、いくつかの限界を挙げています。
- 採用された研究はわずか4件
- 対象者は合計151名と少ない
- FMAの解析は特に少人数の研究に基づいている
- 研究ごとに訓練内容や評価方法が異なる
- 発症からの期間にもばらつきがある
- さらに長期間経過した慢性期では、より多くの訓練量が必要な可能性もある
したがって、
「訓練量を3倍にすれば必ず腕が良くなる」
と断言できる研究ではありません。
現時点では、
慢性期の脳卒中であっても、上肢訓練の量を大幅に増やすことで、運動機能が改善する可能性がある
という段階の知見と考えるのが適切です。
在宅でリハビリを続ける立場から
今回の研究で特に重要なのは、対象者のほとんどが発症後6か月以上の慢性期だった点だと思います。
脳卒中後、
「もう半年以上経ったから、これ以上はあまり変わらない」
と言われたり、ご本人自身がそう思ってしまったりすることがあります。
しかし今回の研究は、慢性期であっても、十分な量の上肢訓練を行うことで機能が変化する可能性があることを示しています。
一方で、40〜75時間という訓練量を、病院や通院リハビリだけで確保するのは簡単ではありません。
たとえば週1回60分のリハビリだけでは、40時間に到達するだけでも40週間かかります。
そのため現実的には、
専門職によるリハビリ+自宅での自主トレーニング
を組み合わせて、日常生活の中で訓練量を確保していくことが重要になります。
ただし、闇雲に同じ運動を何時間も繰り返せばよいわけではありません。
麻痺の程度や筋緊張、痛み、関節可動域、感覚障害などによって、適切な運動内容は大きく異なります。
「何をするか」と「どれだけするか」。
この両方を考えながら、無理のない範囲で継続できる仕組みを作っていくことが、慢性期の上肢リハビリでは重要だと考えます。
参考文献
Patel M, Serrada I, Hordacre B. Does more rehabilitation lead to better upper limb outcomes after stroke? A systematic review. Frontiers in Rehabilitation Science. 2026;7:1753677. doi:10.3389/fresc.2026.1753677
脳卒中後の上肢リハビリは、「何をするか」だけでなく「どれだけ続けられるか」も重要です。
「自宅でどんな練習をすればいいか分からない」「退院後も麻痺した手のリハビリを続けたい」という方は、お気軽にご相談ください。
訪問鍼灸×リハビリ「リハりん」では、お身体の状態や生活環境に合わせて、鍼灸と機能訓練を組み合わせた訪問サービスを行っています。
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