筋膜・トリガーポイント・神経微小損傷
― 鍼灸や徒手療法は、何を変えているのか ―
運動した翌日から、筋肉を押すと痛い。
動き始めると痛むのに、少し体を動かすと楽になる。
同じ運動をもう一度行うと、前回ほど筋肉痛にならない。
遅発性筋痛、いわゆるDOMS(遅発性筋痛)には、こうした特徴があります。
これまでの第1回・第2回では、DOMSを単純な「筋線維の損傷」だけで説明することは難しく、NGF(神経成長因子)やGDNF(グリア細胞株由来神経栄養因子)による感覚神経の過敏化が重要であることを解説しました。
では、痛みを感じている場所は本当に筋線維だけなのでしょうか。
最終回では、
- 筋膜はDOMSにどこまで関与しているのか
- トリガーポイントとDOMSには何が共通するのか
- なぜ同じ運動を二度行うと痛くなりにくいのか
- 神経そのものが微細に損傷するという説
- 鍼灸・マッサージ・徒手療法は何を変えているのか
について整理します。
1.筋肉痛なのに、痛みの発生源は「筋肉だけ」ではない
DOMSは一般に「筋肉痛」と呼ばれます。
しかし、骨格筋は筋線維だけでできているわけではありません。
筋線維の周囲には、
- 筋内膜
- 筋周膜
- 筋上膜
- 腱膜
- 深筋膜
といった結合組織が存在します。
これらは筋線維を包むだけでなく、筋肉で生じた力を周囲へ伝え、筋肉同士を連結し、感覚情報を神経へ伝える役割も担っています。
特に注目されているのが、筋上膜や深筋膜などの筋関連結合組織です。
筋膜には、機械刺激や化学刺激に反応する自由神経終末が存在します。また、筋膜を刺激した場合、筋実質を刺激した場合より強い痛みや広い関連痛が生じる可能性も報告されています。
このため近年では、DOMSの痛みは筋線維内部だけでなく、筋肉を取り囲む結合組織や筋膜の侵害受容器が感作されて起こるのではないかという考え方が提示されています。
筋膜が「剥がれない」「癒着する」から痛いのか
ここは慎重に考える必要があります。
臨床では、
筋膜が癒着している
筋膜が張りついている
筋膜を剥がす
といった説明が使われることがあります。
しかし、一般的なDOMSにおいて、筋膜同士が物理的に強く癒着し、それを手で剥がすことで痛みが改善することが直接証明されているわけではありません。
DOMSで起きている可能性が高いのは、単純な「癒着」よりも、
- 筋膜や筋周囲組織への機械的負荷
- 局所の炎症性物質の増加
- 筋膜内の侵害受容器の感作
- 滑走性や組織内水分の一時的な変化
- 痛みによる筋緊張や運動パターンの変化
です。
つまり、筋膜は関与している可能性がありますが、筋膜が固まったから痛い、剥がせば治るという単純な話ではありません。
2.DOMSとトリガーポイントの共通点
トリガーポイントとは一般に、筋肉内に触れる硬い索状物の中にあり、圧迫によって局所痛や関連痛を引き起こす過敏な部位と説明されます。
DOMSとトリガーポイントは同じものではありません。
しかし、両者にはいくつかの共通点があります。
共通点① 押すと痛い
DOMSでは、運動直後ではなく、数時間から翌日以降に圧痛が強くなります。
トリガーポイントも、圧迫によって特徴的な痛みが誘発されます。
どちらも、単に組織が壊れているというより、機械刺激に対する感覚神経の閾値が低下している状態と考えると理解しやすくなります。
つまり、通常なら痛くない程度の圧でも、神経が過敏になっているため痛く感じます。
共通点② 動かすと痛い
DOMSでは、筋肉を収縮させたり伸ばしたりすると痛みが生じます。
トリガーポイントを含む筋・筋膜性疼痛でも、筋収縮や伸張によって痛みが増えることがあります。
これは、筋肉の動きによって、感作された筋・筋膜内の神経終末に機械的負荷が加わるためと考えられます。
共通点③ 局所の化学環境が変化している可能性
DOMSでは、ブラジキニン、NGF、GDNF、プロスタグランジンなどが感覚神経の過敏化に関与します。
トリガーポイント周囲でも、炎症性物質や痛みに関係する化学物質の変化が報告されてきました。
ただし、トリガーポイントの定義や診断方法には研究間でばらつきがあり、病態は完全には解明されていません。
したがって、
DOMSは一時的に作られたトリガーポイントである
と断定することはできません。
より正確には、
DOMSとトリガーポイントは、機械刺激に対する末梢神経の過敏化という点で、共通する部分がある
と考えるのが妥当です。
DOMSは、筋・筋膜性疼痛のメカニズムを研究するための実験モデルとしても利用されています。
3.なぜ二度目は筋肉痛になりにくいのか
初めて強いスクワットや下り坂歩行を行うと、数日間ひどい筋肉痛になることがあります。
しかし、数週間後に同じ運動を行うと、前回より筋肉痛が軽くなることがあります。
これを、
Repeated Bout Effect(反復運動効果、繰り返し効果)
と呼びます。
一度目の運動によって、身体が同じ刺激に対する防御力を獲得し、二度目の筋力低下、腫脹、血中筋損傷マーカー、圧痛などが軽くなる現象です。
Repeated Bout Effectは研究で繰り返し確認されていますが、その原因は一つに決まっていません。(PubMed)
主に、次のような適応が組み合わさっていると考えられています。
① 神経系の適応
一度目の運動後、同じ動作を行う際の筋活動パターンが変化する可能性があります。
一部の筋線維に負荷が集中するのではなく、より多くの運動単位へ負荷を分散できるようになれば、局所的な過負荷を減らせます。
また、運動に慣れることで動作の協調性が改善し、不要な筋緊張も減少する可能性があります。
② 筋線維の適応
筋線維内では、細胞骨格や興奮収縮連関が適応し、伸張性収縮への耐性が高まる可能性があります。
サルコメアの構造、カルシウム調節、抗酸化系、タンパク質合成などの変化が候補として挙げられています。
③ 結合組織の適応
筋膜、筋上膜、腱膜などの結合組織が負荷に適応し、力をより効率よく分散できるようになる可能性があります。
一度目の刺激が、組織の硬さや粘弾性、コラーゲン構造に何らかの変化を与えている可能性もあります。
④ 炎症・免疫反応の適応
二度目の運動では、一度目と比べて炎症反応や免疫反応が調整される可能性があります。
同じ負荷に対して、痛みを増強する物質が出にくくなったり、組織修復が速くなったりすることが考えられます。
⑤ 感覚神経の適応
第2回で解説したNGFやGDNFの経路が、二度目の運動では起こりにくくなる可能性もあります。
つまりRepeated Bout Effectは、筋肉だけが強くなる現象ではなく、
筋線維、結合組織、免疫系、運動制御、感覚神経が総合的に学習する現象
と考えられます。
なお、反対側の手足にも一部の防御効果が現れることがあり、これは筋肉局所の変化だけでは説明できません。中枢神経系や運動制御の適応も関与している可能性があります。
4.Sonkodiらの「神経微小損傷仮説」とは
DOMSの原因について、さらに異なる視点を提示したのが、Sonkodiらです。
彼らは、
DOMSの中心的な病態は、筋線維の微細損傷ではなく、筋紡錘内にある感覚神経終末の微小損傷ではないか
という仮説を提唱しています。
筋紡錘は、筋肉の長さや伸ばされる速さを感知する感覚器です。
その内部には、Ⅰa線維やⅡ線維といった固有感覚に関係する神経終末が存在します。
Sonkodiらは、反復する伸張性収縮によって筋紡錘周辺に圧迫や剪断力が加わり、神経終末に一時的な圧迫性軸索障害が生じる可能性を指摘しています。
その神経微小損傷と、周囲組織の炎症反応が組み合わさることで、
- 遅れて痛みが出る
- 運動制御が変化する
- 筋力が低下する
- 固有感覚が乱れる
- 二度目には適応が起きる
といったDOMSの特徴を説明できるのではないか、という考えです。
この説は証明されたのか
現時点では、確立した定説ではありません。
Sonkodiらの説は、DOMSの多くの特徴を神経学的に説明しようとする興味深い仮説ですが、人間のDOMSにおいて筋紡錘の感覚神経終末が微小損傷していることを、直接かつ一貫して証明した研究はまだ十分ではありません。
したがって、
DOMSの正体は神経損傷である
と断定するのは早すぎます。
一方で、従来の筋線維損傷説だけでは説明しにくい、
- 損傷が少なくても痛みが起こる
- 痛みと筋損傷マーカーが一致しない
- 反対側にもRepeated Bout Effectが起こる
- 固有感覚や運動制御が変化する
といった現象に対し、重要な視点を与えていることは確かです。
現在のところDOMSは、
- 筋線維や結合組織への機械的負荷
- 筋膜・筋周囲組織の感作
- 炎症性物質と神経栄養因子
- 感覚神経終末の過敏化
- 神経系・免疫系・運動制御の適応
が重なって起こる、多因子性の現象と考えるのが最も現実的です。
5.鍼灸はDOMSに何をしているのか
DOMSに対する鍼灸の効果を調べた研究では、無治療と比較して痛みを軽減する可能性が示されています。
ただし、偽鍼と比較した場合の効果は小さく、研究数や対象者数も十分とはいえません。したがって、鍼灸がDOMSを確実に治すと断定できるほどのエビデンスではありません。(PMC)
では、鍼灸は何に作用しているのでしょうか。
① 感覚入力による痛みの調整
鍼刺激は皮膚、筋膜、筋肉に存在する感覚神経を刺激します。
この入力は脊髄や脳へ伝わり、痛みの情報処理を変化させる可能性があります。
つまり、鍼で組織を直接「修復」しているというより、痛みを処理する神経系へ別の感覚入力を与えていると考えられます。
② 下降性疼痛抑制系の活性化
鍼刺激によって、脳幹から脊髄へ下行する痛み抑制系が働く可能性があります。
この経路には、
- 内因性オピオイド
- セロトニン
- ノルアドレナリン
などが関与します。
その結果、末梢から送られてくる痛み信号が脊髄レベルで抑制される可能性があります。
③ 局所循環や化学環境の変化
鍼刺激により、軸索反射や血管反応が起こり、局所血流が変化する可能性があります。
また、ATP(アデノシン三リン酸)の分解によって生じるアデノシンなどが、局所の痛覚調節に関与する可能性も指摘されています。
ただし、DOMSにおいてNGFやGDNFを鍼が直接低下させることが、人間で明確に証明されているわけではありません。
④ 過敏な部位への刺激による再調整
圧痛点や硬結部へ鍼を刺すと、局所単収縮反応が起こる場合があります。
臨床的には、その後に圧痛や動作時痛が軽くなることがあります。
しかしこれは「筋肉の結び目が物理的にほどけた」とは限りません。
- 感覚神経の反応性
- 脊髄反射
- 筋緊張
- 痛みへの注意
- 期待や安心感
- 運動への恐怖
などが複合的に変化した可能性があります。
6.マッサージや徒手療法は筋膜を剥がしているのか
マッサージ、フォームローリング、圧迫、筋膜リリースなどは、DOMS後の痛みを一時的に軽減する可能性があります。
近年のレビューでも、マッサージや一部の物理療法は、DOMSの自覚的な痛みや回復感を改善する可能性が示されています。
一方で、効果の大きさや最適な実施時期、筋力回復への影響にはばらつきがあります。(PMC)
本当に筋膜が変形しているのか
徒手で加えられる力によって、筋膜のコラーゲン構造を短時間で大きく変形させたり、癒着を物理的に剥離したりするという説明には慎重さが必要です。
生体内の筋膜は、皮膚、脂肪、筋肉、神経、血管と連続しています。
施術者が触れているのは筋膜だけではありません。
徒手療法による変化は、
- 皮膚や筋膜の機械受容器への刺激
- 痛覚入力の一時的な抑制
- 筋緊張の調整
- 局所循環の変化
- 安心感や期待による痛みの変化
- 動かしても大丈夫だという再学習
などによって生じている可能性があります。
したがって、
筋膜を剥がしたから痛みが消えた
ではなく、
組織への刺激を通じて、神経系の感受性や運動のしやすさが一時的に変化した
と説明する方が、現在の科学に近いと考えられます。
7.痛みが軽くなっても、損傷が治ったとは限らない
鍼灸や徒手療法の後に痛みが軽減すると、
筋肉が治った
炎症がなくなった
筋膜の癒着が取れた
と考えたくなります。
しかし、痛みの変化と組織修復は同じではありません。
痛みは、
- 末梢神経の感作
- 脊髄での信号調節
- 脳による痛みの評価
- 不安や注意
- 過去の経験
- 睡眠や疲労
によって変化します。
施術直後に痛みが減った場合、神経系による痛みの調節が変化した可能性があります。
一方、筋組織や結合組織の回復には一定の時間が必要です。
そのため施術後に痛みが軽くなっても、いきなり高負荷運動へ戻してよいとは限りません。
痛みだけでなく、
- 筋力
- 関節可動域
- 腫脹
- 動作の質
- 左右差
- 疲労感
を確認しながら負荷を戻す必要があります。
8.臨床では「何を治したか」より「何が変わったか」を見る
DOMSに対して施術を行うとき、
筋膜を剥がす
硬結を壊す
乳酸を流す
炎症物質を押し出す
といった説明は、分かりやすい反面、科学的には正確でない可能性があります。
臨床では、施術によって実際に何が変わったのかを評価することが重要です。
例えば、
- 圧痛が減った
- 動作時痛が減った
- 関節可動域が増えた
- 筋出力が改善した
- 動作への恐怖が減った
- 歩行や階段が楽になった
といった変化です。
そして、施術後に動きやすくなった時間を利用して、軽い運動や段階的な負荷練習につなげることが大切です。
鍼灸や徒手療法は、それだけで組織を完全に治すものというより、
痛みを調整し、安全に動くための入口をつくる手段
として位置づけると、臨床的に使いやすくなります。
9.DOMSの研究から見えてきた「痛み」の正体
この3回のシリーズを通して見えてきたのは、DOMSは単純な筋肉の破壊ではないということです。
DOMSでは、
伸張性収縮による機械的負荷
↓
筋線維・筋膜・結合組織への刺激
↓
ブラジキニンやプロスタグランジンなどの増加
↓
NGF・GDNFなどの神経栄養因子の増加
↓
C線維やAδ線維の感作
↓
押したとき・伸ばしたとき・力を入れたときに痛む
という流れが考えられています。
さらに、
- 筋膜の侵害受容器
- 筋紡錘周囲の感覚神経
- 脊髄や脳での痛み調節
- 免疫反応
- 運動制御
- 過去の運動経験
も関与する可能性があります。
つまり筋肉痛とは、
筋肉が壊れていることを、そのまま痛みとして感じている現象ではありません。
組織に加わった負荷をきっかけに、神経系が一時的に警戒レベルを上げ、押す、伸ばす、収縮するといった刺激に敏感になっている状態だと考えられます。
まとめ
DOMSの痛みには、筋線維だけでなく、筋膜や筋周囲の結合組織が関与している可能性があります。
ただし、「筋膜の癒着」がDOMSの原因であり、それを剥がせば治るという単純な説明はできません。
DOMSとトリガーポイントは別の現象ですが、機械刺激に対する感覚神経の過敏化という共通点があります。
同じ運動を二度行うと痛くなりにくいRepeated Bout Effect(反復運動効果)には、筋線維だけでなく、神経系、結合組織、免疫反応、感覚神経の適応が関係すると考えられています。
Sonkodiらは、筋紡錘内の感覚神経終末に生じる微小な圧迫性軸索障害をDOMSの中心病態とする仮説を提示していますが、現時点では検証途上です。
鍼灸や徒手療法は、筋肉や筋膜を物理的に「壊す」「剥がす」というより、感覚入力、筋緊張、局所循環、脊髄や脳での痛み調節を変化させている可能性があります。
筋肉痛の研究が教えてくれるのは、
痛みの強さは、組織損傷の大きさだけでは決まらない
ということです。
治療で重要なのは、硬い場所を探して壊すことではありません。
痛みで過敏になった身体に、安全な刺激と動きを与え、再び動ける状態へ導くことです。


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