― NGF・GDNFがつくるDOMSの最新メカニズム
はじめに──筋肉痛を作っているのは「傷」ではなかった
前回は、DOMS(遅発性筋痛)を「筋肉が壊れたから痛い」とする古典的な筋損傷・炎症説だけでは、多くの現象を説明できないことを紹介しました。
では、実際に筋肉痛を生み出しているのは何なのでしょうか。
近年、水村和枝・田口徹ら(名古屋大学)の研究グループは、DOMSの発痛メカニズムを大きく前進させました。
その結論を一言で表すなら、
「筋肉痛は、神経が一時的に機械刺激へ過敏になることで起こる」
ということです。
つまりDOMSは、「筋肉そのものの痛み」というよりも、筋内の侵害受容器(痛みを感じる神経終末)が過敏になった状態として理解する方が、多くの研究結果と一致します。
今回は、そのメカニズムを順番に見ていきます。
ラットDOMSモデルが解いた謎
DOMS研究が進んだ大きな理由の一つは、ヒトの筋肉痛をよく再現する動物モデルが確立されたことです。
水村・田口らは、ラットの前脛骨筋や長趾伸筋(EDL)に対し、
総腓骨神経を電気刺激して筋を収縮させながら同時に引き伸ばす(Lengthening Contraction:LC)
という実験モデルを作りました。
このモデルでは、
- 運動翌日に痛覚閾値が低下
- 2日目にピーク
- 3日目まで持続
- 4日目には回復
という、ヒトのDOMSと非常によく似た経過が再現されました。
さらに興味深いことに、このモデルでは光学顕微鏡レベルで明らかな筋線維損傷はほとんど認められませんでした。
つまり、
筋損傷がほとんどなくても、DOMS様の痛みは起こる
ことが実験的に示されたのです。
もちろん、筋損傷がまったく起こらないという意味ではありません。
しかし少なくとも、
筋損傷はDOMSの痛みに必須ではない
ことを示す重要な知見となりました。
痛みを感じていたのは侵害受容器だった
では、痛みを作っているのは何でしょうか。
LC後(伸張性収縮、エキセントリック収縮を行った後)2日目に筋肉を圧迫すると、
脊髄後角浅層(Lamina I・II)で
c-Fos
という神経活動マーカーが大きく増加しました。
一方、
- 筋を押しただけ
- LC(伸張性収縮、エキセントリック収縮)だけ
- 単なる伸張だけ
ではc-Fosは増えません。
さらに、
モルヒネ投与でこの反応はほぼ完全に抑えられました。
つまり、
DOMSでは
「押したときだけ痛みの神経が強く反応する」
状態になっています。
これは、
- 押すと痛い
- 動かすと痛い
- 安静では痛くない
というDOMSの特徴と一致しています。
主役は細い神経線維だった
さらに単一神経記録では、
LC後には
Aδ線維・C線維
という細い神経線維だけが、
機械刺激に対して敏感になっていました。
具体的には、
- 機械刺激の閾値は約半分
- 神経の発火頻度は約2倍
まで増加します。
一方、
- 熱刺激
- ATP
- ブラジキニン
- 自発放電
には大きな変化がありませんでした。
つまりDOMSは、
何に対しても敏感になるのではなく、「機械刺激だけ」に敏感になる痛み
なのです。
さらに、
新生仔ラットでC線維を選択的に障害すると、DOMS様疼痛はほとんど起こりませんでした。
このことから、
DOMSでは特にC線維が重要な役割を担っていることが分かっています。
ブラジキニンが最初のスイッチを押す
では、
神経を過敏にしている物質は何なのでしょうか。
最初の引き金となるのが
ブラジキニン(Bradykinin)
です。
運動中、筋には一時的にブラジキニンが放出されます。
このブラジキニンが
B2受容体
へ作用すると、
その後の発痛反応が始まります。
実際、
B2受容体阻害薬(HOE140)を運動前に投与すると、DOMSはほぼ完全に抑えられます。
しかし、
痛みが成立した2日後に投与しても効果はありません。
つまりブラジキニンは、
DOMSを開始させるスイッチ
として働いていると考えられています。
NGF(神経成長因子)が神経を過敏にする
ブラジキニンによって誘導される重要な物質が、
NGF(Nerve Growth Factor:神経成長因子)
です。
LC(伸張性収縮、エキセントリック収縮)後、
NGFは12時間頃から増加し、
2日目前後で最大になります。
これはDOMSの時間経過とほぼ一致しています。
さらに、
成立したDOMSに対して抗NGF抗体を筋へ投与すると、
数時間以内に機械痛覚過敏が改善しました。
つまりNGFは、
DOMSを開始させるだけでなく、
痛みを維持する重要な因子
でもあります。
NGF(神経成長因子)を作っているのは誰なのか
以前は、
NGFは炎症細胞が作ると考えられていました。
しかし現在では、
主な産生源は
- 筋線維
- サテライト細胞
であることが分かっています。
サテライト細胞とは、筋線維の周囲に存在する筋幹細胞です。
筋再生だけではなく、近年では神経栄養因子を産生する細胞としても注目されています。
つまり、
DOMSでは
筋そのものが神経を過敏にする物質を作り出している
ということになります。
NGF(神経成長因子)はどうやって神経を敏感にするのか
NGFは、
侵害受容器に存在する受容体へ作用し、
神経細胞の興奮性を高めます。
このとき関与すると考えられているのが、
- TRPV1
- Nav1.8
- ASIC
などのイオンチャネルです。
これらの働きによって、
通常なら痛みを感じない程度の圧迫でも、
神経が反応しやすくなります。
これが、
DOMSにみられる機械痛覚過敏の正体と考えられています。
GDNFというもう一つの重要な経路
GDNF(グリア細胞株由来神経栄養因子)という、もう一つの重要な経路
DOMSには、NGFとは別に、もう一つ重要な神経栄養因子があります。
それがGDNF(グリア細胞株由来神経栄養因子)です。
GDNFは、神経細胞の生存や働きを支える物質の一つです。DOMSでは、伸張性収縮(エキセントリック収縮)の後に筋組織で増加し、主にAδ線維を機械刺激に対して敏感にすると考えられています。
この経路は、次のような流れで進みます。
伸張性収縮(エキセントリック収縮)
↓
COX-2(シクロオキシゲナーゼ2)が活性化する
↓
プロスタグランジンE₂(PGE₂)が増える
↓
PGE₂(プロスタグランジンE₂)がEP2受容体に作用する
↓
GDNF(グリア細胞株由来神経栄養因子)の産生が増える
↓
Aδ線維が機械刺激に対して過敏になる
つまり、GDNFは筋を押したり動かしたりしたときに、「痛い」と感じやすくする役割を担っていると考えられます。
NGF(神経成長因子)が主にC線維に作用するのに対し、GDNF(グリア細胞株由来神経栄養因子)は主にAδ線維を感作します。
また、この過程ではASIC(酸感受性イオンチャネル)やTRPV4(機械刺激や浸透圧の変化を感知するイオンチャネル)が重要な役割を果たします。
さらに、COX-2(シクロオキシゲナーゼ2)を阻害する薬を運動前に投与すると、GDNFの増加もDOMSも抑えられます。
一方で、DOMSが成立した後に投与しても、痛みを十分に改善することはできません。
このことから、COX-2は痛みを維持するというより、DOMSを引き起こす最初のスイッチとして重要な役割を担っていると考えられています。
まとめ
現在もっとも支持されているDOMSの発痛メカニズムは、
筋損傷そのものではなく、
神経の機械刺激に対する過敏化です。
その流れをまとめると、
エキセントリック運動
↓
ブラジキニン放出
↓
NGF・GDNF産生
↓
C線維・Aδ線維が感作される
↓
押す・動かすと痛い(機械痛覚過敏)
という流れになります。
もちろん筋損傷や炎症も起こることがありますが、
それだけではDOMSの痛みを説明できません。
現在では、
「筋肉痛は神経の過敏化によって生じる」という考え方がもっとも有力なモデルとなっています。
次回予告
では、この知見は臨床にどう生かせるのでしょうか。
最終回では、
- 筋膜はどこまで関与しているのか
- トリガーポイントとの共通点
- Repeated Bout Effect(二度目は痛くなりにくい理由)
- Sonkodiらの神経微小損傷仮説
- 鍼灸・徒手療法への示唆
について、最新研究をもとに解説します。


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