― DOMS研究100年の常識を見直す ―
対象:理学療法士・鍼灸師・トレーナー・施術者向け
はじめに──「筋肉が壊れたから痛い」は本当か?
運動した翌日や翌々日に筋肉が痛くなる。
多くの人が経験したことのある現象ですが、その理由を聞かれると、
「筋肉が壊れたから」
「筋線維が傷ついて炎症が起きるから」
と説明されることがほとんどです。
実際、この考え方は100年以上にわたりDOMS(Delayed-Onset Muscle Soreness:遅発性筋痛)の代表的な説明として用いられてきました。
しかし現在では、この説明だけでは説明できない現象が数多く見つかっています。
例えば、
- 筋肉が傷ついていても痛くない人がいる
- 逆に、ほとんど筋損傷がないにもかかわらず強い筋肉痛が起こる
- 炎症を抑える薬(NSAIDs)が、痛みが始まった後ではあまり効かない
- 運動直後ではなく1〜2日後に痛みがピークになる
これらは、「筋損傷=痛み」という単純な図式では説明が難しい現象です。
近年では、筋肉痛は単なる組織損傷ではなく、**神経が一時的に機械刺激へ敏感になる「侵害受容器の感作」**として理解する考え方が有力になっています。
本シリーズでは、DOMS研究の歴史をたどりながら、現在もっとも支持されている発痛メカニズムを整理し、臨床への応用まで考えていきます。
今回はまず、「筋肉が壊れたから痛い」という従来の考え方を見直してみましょう。
DOMSとは何か
DOMS(Delayed-Onset Muscle Soreness)は、日本語では遅発性筋痛と呼ばれます。
名前の通り、運動したその場ではなく、時間が経ってから現れる筋肉痛です。
典型的な経過は以下のようになります。
- 運動直後はほとんど痛みがない
- 約12〜24時間の無痛期がある
- 24〜72時間で痛みが最大になる
- 通常5〜7日ほどで自然に改善する
症状にも特徴があります。
- 押すと痛い(圧痛)
- 筋肉を伸ばすと痛い
- 力を入れると痛い
- 安静ではほとんど痛くない
つまりDOMSは、
「機械刺激に対する痛み(機械痛覚過敏)」
が主体です。
この「無痛期」が存在することが、DOMSを理解するうえで非常に重要です。
もし筋肉が傷ついたこと自体が痛みの原因なら、運動直後から痛くなってもおかしくありません。
ところが実際には、多くの場合、痛みは翌日以降に強くなります。
この時間差は、古典的な筋損傷説では説明しきれない点の一つです。
なぜエキセントリック運動で筋肉痛になりやすいのか
DOMSは、どんな運動でも同じように起こるわけではありません。
最も起こりやすいのは、
筋肉が力を発揮しながら引き伸ばされる運動
です。
これを
エキセントリック収縮(伸張性収縮)
と呼びます。
例えば、
- 下り坂を歩く
- 階段を下りる
- スクワットでしゃがむ動作
- ダンベルをゆっくり下ろす動作
などが代表例です。
一方、
筋肉が縮みながら力を発揮する
コンセントリック収縮(短縮性収縮)
では、DOMSは比較的起こりにくいことが知られています。
ここで興味深いのは、
短縮性収縮の方がエネルギー消費や乳酸産生は大きいにもかかわらず、DOMSは少ないという点です。
つまり、
筋肉痛は代謝ストレスではなく、機械的ストレスと強く関係している
ことが示唆されます。
現在では、エキセントリック収縮によって筋線維や細胞骨格、筋膜に通常より強い機械刺激が加わることが、その後の発痛反応を引き起こす重要なきっかけと考えられています。
「筋肉が壊れるから痛い」という考え方
DOMS研究の歴史は100年以上前までさかのぼります。
1902年、Houghは筋肉痛を筋線維の微細損傷として説明しました。
その後1956年、Asmussenは、
DOMSがエキセントリック運動で起こりやすいことを報告します。
さらに電子顕微鏡による研究では、
- Z帯(Z-line)の乱れ
- サルコメア配列の異常
- 筋細胞膜の変化
- 結合組織の損傷
などが観察されました。
また、
- CK(クレアチンキナーゼ)
- LDH
- IL-6
- TNF-α
- 好中球
- マクロファージ
など、筋損傷や炎症を示す指標も報告されています。
こうした研究を背景に、
1991年、Smithは
「急性炎症がDOMSの本体である」
という炎症説を提唱しました。
この考え方は非常に分かりやすく、多くの教科書や一般向けの解説でも採用され、現在でも広く知られています。
しかし、その後の研究では、この説だけでは説明できない事実が次々と明らかになりました。
古典説だけでは説明できない4つの矛盾
① 痛みが出るタイミングが合わない
筋損傷は運動中から始まります。
しかしDOMSでは、
運動直後はほとんど痛みがなく、
12〜24時間の無痛期を経て、
翌日から痛みが強くなります。
損傷と痛みの時間経過が一致しません。
② 筋肉が傷ついていても痛くない人がいる
電子顕微鏡で調べると、
普段から運動している人の筋肉にも、
- Z帯の乱れ
- 中心核
- 微細損傷
が認められることがあります。
しかし、その人たちが筋肉痛を訴えるとは限りません。
つまり、
筋損傷があることと、痛みがあることは同じではない
ということです。
③ 筋損傷が少なくても筋肉痛は起こる
Crameriらは、
電気刺激による筋収縮と随意収縮を比較しました。
その結果、
組織学的な筋損傷には差があるにもかかわらず、
筋肉痛の程度はほぼ同じでした。
さらに、ラットを用いた研究では、
光学顕微鏡レベルで明らかな筋損傷が認められない条件でも、
ヒトのDOMSと非常によく似た機械痛覚過敏が再現されています。
つまり、
筋損傷はDOMSに伴うことはあるものの、
痛みを生じるための必須条件ではない
ことが示唆されています。
④ 炎症だけでは説明できない
DOMSでは、
炎症関連物質が増加することは事実です。
しかし、
炎症を抑えるNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)は、
運動前の予防投与では一定の効果がある一方で、痛みが始まった後では効果が限定的です。
もし炎症そのものが痛みを維持しているなら、
成立したDOMSにも高い効果が期待されるはずです。
この結果は、
DOMSの痛みが古典的な炎症だけで維持されているわけではないことを示しています。
乳酸説は現在どう考えられているのか
もう一つ有名なのが、
「乳酸がたまるから筋肉痛になる」
という説です。
しかし現在、この考え方はほぼ否定されています。
理由は時間経過です。
乳酸濃度は運動終了後30〜60分程度でほぼ元の値に戻ります。
一方、
DOMSが最も強くなるのは24〜72時間後です。
両者の時間軸は一致しません。
さらに、
乳酸が大量に産生されるコンセントリック運動ではDOMSが起こりにくいことも、この説とは矛盾します。
乳酸は運動中のエネルギー代謝に重要な役割を持つ物質ですが、
DOMSの主因ではない
という点は現在ほぼ共通した見解になっています。
まとめ
DOMSは長年、「筋肉が壊れ、炎症が起こることで痛みが生じる」と考えられてきました。
しかし近年の研究では、この説明だけでは多くの現象を説明できないことが明らかになっています。
- 痛みは運動直後ではなく翌日以降に出現する
- 筋損傷と痛みは必ずしも一致しない
- 筋損傷が少なくてもDOMSは起こる
- 炎症だけでは痛みを説明できない
- 乳酸は主因ではない
では、筋肉痛の本当の正体は何なのでしょうか。
次回は、水村和枝・田口徹らの研究を中心に、NGFやGDNFによる「侵害受容器の感作」という最新の発痛メカニズムについて詳しく解説します。


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