疲労物質の正体を再考する

疲労

―「乳酸犯人説」の終焉と、末梢・中枢から考える疲労の仕組み―

「疲労物質が溜まっている」「乳酸を流せば疲れが取れる」。

臨床や日常会話では、今でもこのような説明を耳にします。

しかし現在の運動生理学では、乳酸を疲労の原因となる老廃物とみなす考え方は、ほぼ否定されています。

そもそも疲労は、一つの物質が体内に蓄積して起こる単純な現象ではありません。

筋肉の内部で起こる変化、脳や脊髄からの運動指令、痛みや気分、睡眠、体温、栄養状態など、複数の要因が重なって生じます。

本稿では、疲労を次の3つの視点から整理します。

  • 筋肉そのものの出力が低下する「末梢性疲労」
  • 脳から筋肉への指令が低下する「中枢性疲労」
  • 本人が感じる「疲労感」

患者や家族へ説明する際にも使えるよう、専門用語をできるだけかみ砕いて解説します。


1.乳酸は本当に「疲労物質」なのか

乳酸は老廃物ではない

かつては、運動によって乳酸が筋肉に蓄積すると、筋肉が酸性に傾き、収縮できなくなると考えられていました。

しかし現在では、この説明は正確ではないことが分かっています。

乳酸は、解糖系で生じたピルビン酸から作られる物質です。酸素が足りないときだけに発生するわけではなく、酸素が十分にある状態でも、糖の利用が速ければ継続的に作られます。

そして乳酸は、単なる代謝の残りかすではありません。

乳酸はモノカルボン酸トランスポーター、いわゆるMCTを通じて細胞や組織の間を移動します。

移動した乳酸は、

  • 遅筋線維
  • 心筋
  • その他の酸化能力が高い組織

などでエネルギー源として利用されます。

また、肝臓では糖新生の材料となり、再びグルコースへと作り替えられます。

つまり乳酸は、体内を移動して再利用される燃料です。

乳酸濃度と疲労は一致しない

血中乳酸濃度が高い場面では、強い運動が行われていることが多いため、乳酸と疲労は一見すると関連しているように見えます。

しかし、両者は必ずしも一致しません。

運動後、血中乳酸が比較的速く低下しても、筋力低下や疲労感が長く残ることがあります。

反対に、デスクワーク、長時間の運転、精神作業などでは、血中乳酸が大きく増えていなくても、強い疲労を感じることがあります。

この時点で、疲労を乳酸だけで説明できないことは明らかです。

アシドーシスも完全な犯人ではない

運動中には筋細胞内の水素イオンが増え、pHが低下することがあります。

以前は、このアシドーシスが筋疲労の主因と考えられていました。

しかし、生理的な体温条件では、pH低下による収縮抑制は、低温下の実験で考えられていたほど強くないことが示されています。

もちろん、水素イオンが疲労にまったく関与しないわけではありません。

強いアシドーシスは、筋収縮速度やパワー発揮を低下させる可能性があります。

ただし現在では、

乳酸や水素イオンだけが筋疲労を起こしているわけではない

という理解が一般的です。

臨床でどう説明するか

患者に対しては、次のような説明が分かりやすいでしょう。

乳酸は疲労物質というより、運動中に作られて別の場所で使われるエネルギー源です。疲れは乳酸が溜まるからではなく、筋肉や神経にいろいろな変化が起きて生じます。

したがって、「マッサージで乳酸を流す」という説明は、現在の生理学に照らすと適切ではありません。


2.末梢性疲労とは何か

末梢性疲労とは、脳や神経から同じ程度の指令が届いていても、筋肉が十分な力を発揮できなくなる状態です。

簡単にいえば、筋肉側の出力装置が一時的にうまく働かなくなった状態です。

その背景には、複数の仕組みがあります。


2-1.無機リン酸の増加

筋肉が強く収縮するときには、ATPやクレアチンリン酸が急速に使われます。

クレアチンリン酸が分解されると、無機リン酸、いわゆるPiが増えます。

高強度の筋収縮では、筋細胞内のPi濃度が安静時の数倍に上昇することがあります。

Piは、主に次の2つの経路で力発揮を低下させます。

① 筋収縮そのものを弱くする

筋肉は、アクチンとミオシンが結合して動くことで力を発揮します。

Piが増えると、このアクトミオシンの相互作用やパワーストロークに影響し、1つ1つのクロスブリッジが生み出す力が低下します。

② 筋小胞体からのカルシウム放出を減らす

筋収縮には、筋小胞体から放出されるカルシウムイオンが必要です。

Piが増えると、筋小胞体内のカルシウムの利用可能性や放出機構に影響し、細胞質へ放出されるカルシウム量が減る可能性があります。

カルシウム放出が減れば、筋肉に「収縮しなさい」という信号が十分に伝わらなくなり、力が低下します。

Piは、特に短時間・高強度運動における末梢性疲労の有力な要因の一つです。

ただし、すべての疲労をPiだけで説明できるわけではありません。


2-2.カルシウム動態の乱れ

筋肉が収縮するためには、神経から伝わった電気信号が筋線維へ入り、筋小胞体からカルシウムが放出される必要があります。

この一連の仕組みを、興奮収縮連関と呼びます。

反復収縮が続くと、

  • 筋小胞体から放出されるカルシウム量が減る
  • 収縮タンパクのカルシウム感受性が変化する
  • カルシウムの再取り込み速度が変化する

などが起こります。

その結果、同じ神経刺激が入っても、十分な筋力を出せなくなります。

低頻度疲労とは

強い運動後には、最大筋力がある程度回復しても、低い頻度の刺激に対する筋力だけが長時間低下することがあります。

これを低頻度疲労と呼びます。

低頻度疲労には、興奮収縮連関の障害、とくに筋小胞体からのカルシウム放出低下が関係すると考えられています。

臨床では、「最大筋力だけを見れば回復しているように見えるが、反復動作や日常動作では力が続かない」という形で現れることがあります。


2-3.膜の興奮性の変化

筋肉が繰り返し活動すると、筋細胞の内外で、

  • ナトリウム
  • カリウム
  • 塩化物

などのイオン分布が変化します。

とくに細胞外のカリウム濃度が上昇すると、筋細胞膜やT管の電気的な興奮が伝わりにくくなる場合があります。

すると、神経から信号が届いていても、筋線維の奥まで十分に電気信号が伝わらず、筋力が低下します。


2-4.筋グリコーゲンの減少

長時間運動では、筋グリコーゲンの減少も重要です。

グリコーゲンは単なるエネルギー貯蔵ではありません。

筋線維内では、筋原線維や筋小胞体の近くなど、複数の場所に分布しています。

局所的なグリコーゲン不足は、

  • ATP供給
  • カルシウム放出
  • 興奮収縮連関

に影響する可能性があります。

したがって、「全身のエネルギーが完全に枯れたから動けない」というより、筋線維内の必要な場所で燃料を使いにくくなることが疲労に関係します。


2-5.活性酸素・活性窒素種

筋肉が収縮すると、活性酸素種や活性窒素種が発生します。

これらは一般に悪者として扱われがちですが、実際には単純ではありません。

適度な量であれば、

  • 筋収縮の調節
  • 細胞内シグナル
  • 運動への適応

に必要です。

一方、過剰になると、

  • リアノジン受容体
  • SERCA
  • 収縮タンパク
  • ミトコンドリア

などに影響し、カルシウム動態や筋収縮機能を低下させる可能性があります。

つまり酸化還元状態には、少なすぎても多すぎても問題になる「適正範囲」があります。

抗酸化物質を摂れば疲労が必ず減るわけではありません。

むしろ過剰な抗酸化は、運動による適応反応を弱める可能性もあります。


3.中枢性疲労とは何か

疲労は、筋肉の問題だけではありません。

中枢性疲労とは、脳や脊髄から筋肉へ送られる運動指令が低下し、本来発揮できるはずの筋力を十分に引き出せなくなる状態です。

簡単にいえば、筋肉が壊れたのではなく、脳が出力を絞っている状態です。


3-1.筋肉から脳へ戻る「ブレーキ信号」

運動中の筋肉では、

  • 代謝産物の増加
  • pHの変化
  • 機械的な圧力
  • 温度変化
  • 血流の変化

などが起こります。

これらの情報は、III群・IV群筋求心性線維を通じて脊髄や脳へ伝えられます。

この求心性フィードバックが強まると、中枢神経系は運動指令を抑制し、筋肉への出力を低下させます。

これは単なる故障ではなく、筋肉や全身に過度な負担がかからないように出力を調整する仕組みと考えられています。

実際に、薬理学的に筋求心性フィードバックを弱めると、運動出力を維持しやすくなる一方で、末梢の筋疲労がより強く進行することがあります。

つまり、

筋肉が疲れるから脳が止める
脳が止めるから筋肉が守られる

という双方向の関係があります。


3-2.脳内の神経伝達物質

長時間運動や精神的な疲労では、脳内の神経伝達物質も関係すると考えられています。

特に研究されてきたのが、

  • セロトニン
  • ドーパミン
  • ノルアドレナリン

です。

セロトニン

長時間運動では、脳内のセロトニン活動が高まり、眠気や倦怠感、意欲低下に関係するという仮説があります。

ただし、セロトニンだけで疲労を説明することはできません。

ドーパミン

ドーパミンは、

  • 意欲
  • 報酬
  • 覚醒
  • 運動開始
  • 努力感

などに関係します。

ドーパミン活動が保たれると、運動を続けやすくなる可能性があります。

一方で、脳内のモノアミンを運動中に直接測定することは難しく、ヒトの研究結果は必ずしも一貫していません。

したがって、

セロトニンとドーパミンのバランスが疲労感や意欲に関係する可能性はあるが、それだけで中枢性疲労を説明することはできない

という位置づけが妥当です。


3-3.体温と中枢性疲労

高温環境では、体温上昇によって運動を継続しにくくなります。

これは筋肉だけの問題ではありません。

深部体温が上昇すると、脳は全身への危険を避けるために、運動指令や意欲を低下させることがあります。

暑熱環境では、

  • 循環負担
  • 脱水
  • 皮膚血流増加
  • 深部体温上昇
  • 努力感の増大

が重なり、中枢性疲労が強くなります。

在宅高齢者では、軽度の脱水や室温上昇だけでも、強い倦怠感や活動性低下につながるため注意が必要です。


4.酸化ストレスは疲労の主犯なのか

酸化ストレスは、運動疲労や一部の疾患に伴う疲労に関係する要因の一つです。

しかし、

現代人の疲れの多くは酸化ストレスによる

と断定することはできません。

日常的な疲労には、

  • 睡眠不足
  • 心理的ストレス
  • 認知負荷
  • 疼痛
  • 炎症
  • 自律神経機能
  • 内分泌機能
  • 低栄養
  • 貧血
  • 薬剤
  • 心肺疾患
  • 感染症

など、多くの要因が関係します。

酸化ストレスは、その中の一つです。

酸化ストレスが強まれば、ミトコンドリア機能やカルシウム動態、神経細胞の働きに影響する可能性があります。

一方で、活性酸素は通常の生理機能や運動適応にも必要です。

そのため、「活性酸素をすべて消せば疲労が治る」という考えも正しくありません。


日本で提唱されているFF・FRモデル

国内の一部研究グループからは、

  • 疲労因子FF
  • 疲労回復因子FR

というモデルが提唱されています。

このモデルでは、酸化ストレスなどによって細胞が傷つくと疲労に関係する因子が生じ、それに対応して回復を促す因子が誘導されると考えます。

また、HHV-6の再活性化に関連する指標を、疲労のバイオマーカーとして利用しようとする研究も報告されています。

ただし、これらは現時点で国際的に確立した標準モデルではありません。

FF・FRについては、

  • 分子としての定義
  • 測定方法
  • 他の研究グループによる再現性
  • 臨床での有用性

を今後さらに検証する必要があります。

したがって、専門職が患者へ説明する際には、

国内で提唱されている研究仮説の一つ

として扱うのが適切です。


5.「疲労」と「疲労感」は同じではない

疲労を理解するうえで、非常に重要なのが、客観的な機能低下と主観的な疲労感を分けて考えることです。

客観的な疲労

筋力や運動能力、課題遂行能力が実際に低下している状態です。

例えば、

  • 握力が低下する
  • 歩行速度が落ちる
  • 反復回数が減る
  • 集中力や作業速度が低下する

といった変化です。

主観的な疲労感

本人が「疲れた」「だるい」「やる気が出ない」と感じる感覚です。

両者は関連しますが、必ずしも一致しません。


疲れているのに疲れを感じない

仕事、使命感、達成感、興奮、報酬などによって、疲労感が一時的に弱まることがあります。

この場合、客観的な能力低下が進んでいても、本人は「まだ大丈夫」と感じます。

いわゆる「隠れ疲労」です。

たとえば、試合中や忙しい仕事中には疲れを感じず、終了した直後に一気に疲労感が出ることがあります。

これは、報酬系や覚醒系が疲労感を一時的に抑えている可能性があります。


疲労感が強くても能力低下が少ないこともある

反対に、筋力や持久力が比較的保たれていても、強い疲労感を訴える場合があります。

これは、

  • 睡眠障害
  • 疼痛
  • 抑うつ
  • 不安
  • 炎症
  • 自律神経機能
  • 脳卒中後疲労
  • がん関連疲労
  • 薬剤の副作用

などで起こります。

したがって、疲労感を「気の持ちよう」と片づけるのは誤りです。

一方で、疲労感が常に身体の損傷度を正確に示すわけでもありません。


6.在宅高齢者の疲労で先に確認すべきこと

在宅臨床では、分子生理の説明より先に、見逃してはいけない原因があります。

高齢者が「最近疲れやすい」「寝てばかりいる」「リハビリを嫌がる」と訴える場合、単なる筋疲労や意欲低下と決めつけてはいけません。

確認すべき項目には、次のようなものがあります。


7.鍼灸・マッサージをどう説明するか

鍼灸やマッサージ後に、患者が「疲れが取れた」「体が軽くなった」と感じることはあります。

しかし、その理由を「乳酸が流れたから」と説明するのは適切ではありません。

考えられる作用には、

  • 痛みの軽減
  • 筋緊張の変化
  • 感覚入力による身体認知の変化
  • 自律神経活動の変化
  • 不安や警戒感の低下
  • リラクゼーション
  • 睡眠への影響
  • 主観的回復感の増加

などがあります。

一方で、鍼灸やマッサージによって、筋細胞内のPiやグリコーゲン、カルシウム動態が直接正常化し、疲労が根本的に除去されると断定できる根拠はありません。

臨床では、次のような説明が誠実です。

施術によって痛みや緊張が軽くなり、体を動かしやすく感じることはあります。ただし、疲労物質を外へ流しているわけではありません。


8.臨床で使える患者説明

患者や家族には、次のように説明できます。

昔は乳酸が溜まると疲れると言われていましたが、今は乳酸はエネルギーとして再利用される物質だと分かっています。

疲れは一つの物質が溜まって起こるのではなく、筋肉が力を出しにくくなったり、脳が出力を抑えたり、睡眠や体調が影響したりして起こります。

そのため、疲れているときは、筋肉だけではなく、睡眠、食事、水分、薬、痛み、病気なども含めて確認することが大切です。


9.まとめ

疲労を単一の「疲労物質」で説明する時代は終わりました。

乳酸は老廃物ではなく、体内で移動し再利用されるエネルギー基質です。

末梢性疲労には、

  • 無機リン酸の増加
  • カルシウム動態の乱れ
  • 筋細胞膜の興奮性変化
  • 筋グリコーゲンの減少
  • 酸化還元状態の変化

などが関係します。

中枢性疲労には、

  • III群・IV群筋求心性線維
  • 脳からの運動指令
  • モノアミン系
  • 体温
  • 努力感
  • 意欲や報酬

などが関係します。

さらに臨床では、

  • 睡眠
  • 疼痛
  • 貧血
  • 脱水
  • 低栄養
  • 感染症
  • 心肺疾患
  • 薬剤
  • 抑うつや不安

も見逃せません。

疲労は、単なる筋肉の問題でも、精神論でもありません。

筋肉、神経、脳、全身状態が重なって生じる、多層的な現象です。

だからこそ、臨床では「疲労物質を流す」という単純な説明ではなく、

どこで出力が落ちているのか
なぜ脳がブレーキをかけているのか
全身状態に問題がないか

を評価することが重要です。

「一つの物質」で説明しないことは、説明を難しくすることではありません。

むしろ、それが現在の科学に最も誠実な説明です。


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