― 114研究2731人を整理した最大規模のレビューが出した答え ―
マッサージを受けると、確かに楽になる。
では、その「楽になった」は、体のどこで起きているのでしょうか。
筋肉がほぐれたから? 血流が良くなったから? 乳酸が流れたから?
2023年、セルビア・ベオグラード大学などの研究チームが、過去40年分の研究を集めてこの問いを検証しました。
結論は、多くの人の予想とは違うところに着地しています。
どんな研究なのか
Dakić らが行ったのは、システマティックレビューです。
1980年から2020年までに発表された研究をPubMed、Cochrane、Web of Science、Scopus、Google Scholarから網羅的に検索し、条件を満たした114研究・のべ2731名を整理しました(男性1596名、女性854名、平均26.6歳)。
この研究のユニークな点は、3つの層に分けて検証したことです。
- 運動能力(筋力・パワー・スピード・持久力・柔軟性)― 73研究
- 神経生理学的メカニズム(乳酸・血流・筋温度・筋活動・CK) ― 48研究
- 心理的メカニズム(不安・ストレス・気分・疲労感) ― 15研究
「効くか効かないか」だけでなく、もし効くなら、どの層で効いているのかを切り分けようとした研究です。
第1層:運動能力 ― ほぼ変わらない
まず筋力。
大多数の研究で、マッサージは筋力を変化させませんでした。
スピード(スプリント)も同様で、多くの研究で良くも悪くもならず、反応時間も変わりませんでした。
持久力も、一貫した改善は認められていません。
ここで興味深いのが、唯一はっきりと効果が出た「柔軟性」です。
ほとんどの研究で、マッサージは関節可動域を有意に増加させました。
著者らは「マッサージは柔軟性を高めるための代替手段として使用できる」と結論づけています。
これは、この論文の中で最も明確なポジティブ所見です。
「48時間後」という伏線
もう一つ、見逃せない所見があります。
マッサージ直後には筋力が変わらなくても、激しい運動の48時間後には筋力・筋パワーが改善していたという研究が複数存在するのです。
つまりマッサージの効果は、「今すぐ強くなる」ものではなく、「数日後の落ち込みを浅くする」ものかもしれない、ということです。
一方で、逆方向のデータもあります。
試合前マッサージが、高速度での筋力を低下させたという研究があり、著者らはその理由をこう推測しています。
副交感神経活動の亢進と、求心性入力の減少により、運動単位の動員が減った可能性
つまり「リラックスしすぎて、力が入りにくくなった」という解釈です。
これは後の議論に効いてきます。
第2層:神経生理 ― 定説がほぼ全滅する
乳酸は流れない
多くの研究で、マッサージは血中乳酸の除去を促進しませんでした。
効果ありとした研究もわずかに存在します(1991年の研究と、200m全力泳後に10分マッサージを行った研究)。
乳酸は悪者?
結論:悪者ではありません。
以前は「乳酸が疲労や筋肉痛の原因」と考えられていましたが、現在ではその考えはほぼ否定されています。
現在わかっていることは、
- エネルギー源として筋肉・心臓・脳で利用される
- 肝臓でブドウ糖に作り替えられる(コリ回路)
- 筋肉痛(DOMS)の原因ではない
- 運動後の回復や脳機能にも関与する可能性がある
つまり、乳酸は老廃物ではなく、体にとって重要な役割を持つ物質と考えられています。
そして著者らは、DOMS(遅発性筋肉痛)との関係についてこう整理しています。
- 運動後に上昇した乳酸は、1時間後には安静時の値に戻る
- 一方DOMSは、24〜48時間後に発生する
- ゆえに、乳酸の高値がDOMSの原因ではありえない
時間軸が合わない、という単純な理由です。
筋血流も増えない
「乳酸が流れるのは血流が増えるからだ」という説明は、そもそも前提から検証されています。
結果は、測定方法によって答えが変わりました。
- レーザー血流計、パワードプラを使った2研究:血流が増加
- パルスドプラを使った3研究:変化なし、あるいは阻害的
筋温度は「表面だけ」
決定的だったのが、温度の研究です。
ある研究では、局所麻酔下で外側広筋に針状の温度計を1cm・2cm・3cmの深さに刺入して測定しました。
結果、マッサージの影響は皮膚表面にとどまり、この研究は「運動後のマッサージが四肢の血流を上昇させる」という仮説を支持しませんでした。
著者らの結論は明快です。
「血流と筋温度は、乳酸の除去に寄与しなかった」
では、なぜ痛みは減るのか
ここで登場するのがクレアチンキナーゼ(CK)です。
激しい運動は筋線維の微細な損傷を起こし、CKという酵素が放出されます。
CK(クレアチンキナーゼ)は、筋線維が傷ついた際に血中へ放出される酵素で、筋損傷の程度を示す代表的な血液マーカーです。
多くの研究では、マッサージ後にCKの上昇が抑えられており、筋損傷や炎症反応が軽減された可能性が示唆されています。
著者らは、このCKの低下が、DOMS(遅発性筋肉痛)の軽減に関係している可能性があると考察しています。
神経の興奮性は下がる
さらに、H反射を用いた研究では、マッサージ中に脊髄の興奮性が低下することが示されています。
しかもこの低下は、加える圧が強いほど大きくなる。
マッサージは、運動ニューロンの活動を即座に低下させることができるのです。
先ほどの「試合前マッサージで力が出にくくなる」現象と、きれいにつながります。
第3層:心理 ― ここが本命だった
そして、最も一貫した結果が出たのが心理面でした。
マッサージは、
- ストレスを減らす
- 不安を減らす
- 抑うつを減らす
- 疲労「感」を減らす
- 気分を良くする
- リラックスをもたらす
- 「回復した」という感覚を高める
15研究のうち、効果を認めなかったのは1研究のみでした。
注目すべきは、「疲労感」と「回復感」がここに分類されているという点です。
疲労が取れたのではなく、疲労感が減った。
回復したのではなく、回復した感覚が高まった。
著者らの結論
この論文の結論は、こう書かれています。
「スポーツ・運動パフォーマンスの結果を得るためだけにマッサージを直接使用することは、疑わしいように思われる」
しかし、続きがあります。
「しかしマッサージは、アスリートが競技やトレーニング中に集中しリラックスし続け、その後に回復するべき時の重要なツールとして、パフォーマンスと間接的に結びついている」
つまり著者らは、マッサージを否定していません。
効くルートを、体から心へ引き直したのです。
この研究の限界
公平のために、限界も挙げておきます。
- メタ解析ではありません。統合された効果量(何%改善したか)は算出されておらず、「多くの研究が○○を示した」という数え上げによる整理です
- 文献検索は2020年7月時点で、2023年の公表までの新しい研究は含まれていません
- 手技マッサージ(66研究)とフォームローラー(48研究)が混在しています。両者を分けた統合は行われていません
- 個々の研究の質の評価(バイアスリスク評価)は詳述されていません
数字の精密さではDavisら(2020)のメタ解析に譲りますが、扱う範囲の広さ ― とくに神経生理と心理を含めて全体像を描いた点が、このレビューの価値です。
まとめ
| 期待されること | このレビューの答え |
|---|---|
| 筋力・パワー・スピード・持久力が上がる | 変わらない(試合前は下がる可能性も) |
| 柔軟性が上がる | 上がる(最も明確な効果) |
| 数日後の筋力低下が浅くなる | 48時間後の改善を示す研究が複数 |
| 乳酸が流れる | 流れない。そもそもDOMSの原因でもない |
| 筋肉の血流が増える | 一貫しない。深部の温度も上がらない |
| 筋肉痛が減る | 減る。ただし経路はCK低下と心理面 |
| ストレス・不安・疲労感が減る | 減る(最も一貫した効果) |
マッサージは、筋肉を物理的に洗浄する装置ではありませんでした。
代わりにこのレビューが描き出したのは、痛みの信号と、神経の興奮性と、心の状態に働きかけるものとしてのマッサージです。
「気持ちよかっただけ」と言われることがあります。
しかしこの論文を読むと、その「気持ちよかっただけ」こそが、114研究が最も一貫して確認できた効果でした。
主観だから軽い、ということはありません。
痛みも、疲労も、回復も、最終的には脳が決めているからです。
参考文献
Dakić M, Toskić L, Ilić V, Đurić S, Dopsaj M, Šimenko J. The Effects of Massage Therapy on Sport and Exercise Performance: A Systematic Review. Sports (Basel). 2023;11(6):110. doi:10.3390/sports11060110
(オープンアクセス/CC BY 4.0)


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