「正しい動き」は本当に存在するのか?

疼痛

― エビデンスから考える、動作指導の限界と可能性 ―

監修:理学療法士・鍼灸師 訪問リハビリ「リハりん」

「その動きは間違っています。」

「もっと膝を前に出さないように。」

「腰を反らせないで。」

リハビリやトレーニングの現場では、このような指導を受けたことがある人も多いでしょう。

しかし、本当に**誰にでも当てはまる「正しい動き」**は存在するのでしょうか。

近年の運動科学や疼痛科学では、この考え方そのものが見直されつつあります。


「理想的なフォーム」は存在する

まず誤解してほしくないのは、

競技スポーツや特定の課題では、効率的なフォームは確かに存在します。

例えば

  • 短距離走
  • ゴルフスイング
  • 野球の投球
  • 重量挙げ

では、高いパフォーマンスを発揮するための動作パターンがあります。

しかし、

それは「最も効率が良い」という話であって、「それ以外は間違い」という意味ではありません。


人間は同じ動きを繰り返していない

実は、人間は毎回まったく同じ動きをしているわけではありません。

歩行を例にすると、

一歩ごとに

  • 関節角度
  • 筋活動
  • 足圧
  • 重心移動

は少しずつ変化しています。

これを

Movement Variability(動作のばらつき)

と呼びます。

昔は

「ばらつき=悪い」

と考えられていました。

しかし現在では、

適度なばらつきは健康な運動の特徴

と考えられています。


なぜ「ばらつき」が必要なのか

もし毎回まったく同じ場所に負荷がかかったらどうでしょう。

同じ腱

同じ靭帯

同じ筋肉

だけが使われ続けます。

これは組織にとって大きな負担になります。

一方、

少しずつ使い方が変われば、

負荷は身体全体に分散されます。

つまり

身体は「毎回少し違う動き」をすることで、自分自身を守っている可能性があります。


「正しい動き」は人によって違う

例えば

同じスクワットでも

股関節の形

骨盤の向き

足首の可動域

筋力

既往歴

年齢

これらは全員違います。

つまり、

全員が同じフォームになる方が不自然です。

実際に股関節や大腿骨の骨形態には個人差があり、同じ動きを求めると、かえって窮屈さや痛みにつながる人もいます。


痛みがある人ほど動きは変わる

痛みがあると、

脳は身体を守ろうとして

筋活動

荷重

関節運動

を変化させます。

これは

Protective Movement(防御的運動戦略)

と呼ばれます。

つまり、

動きが悪いから痛いのではなく、

痛みを守るために動きが変わっていることも少なくありません。


「悪いフォーム=痛み」ではない

「猫背だから腰痛」

「膝が内側に入るから痛い」

「骨盤が歪んでいるから痛い」

こうした説明はよく聞きます。

しかし、大規模研究では、

姿勢や単一の動作パターンだけで将来の痛みを予測することは難しいことが繰り返し報告されています。

もちろん極端な負荷や特殊な競技ではフォームが重要になる場面もあります。

しかし日常生活レベルでは、

「このフォームだから痛くなる」と言い切れる根拠は、現在のエビデンスでは限定的です。


本当に評価すべきなのは何か

もし「正しい動き」が一つではないなら、

臨床家は何を見るのでしょうか。

評価すべきなのは

  • その人が目的を達成できているか
  • 痛みなく動けているか
  • 必要な筋力があるか
  • 疲労しすぎていないか
  • 動きを状況に応じて変えられるか
  • 恐怖心なく動けているか

です。

つまり、

フォームそのものではなく、「動ける能力」が重要になります。


リハビリで目指すべきこと

リハビリの目的は、

患者さん全員を同じ動きにすることではありません。

その人の身体に合った方法で、

必要な課題を達成できるようにすることです。

歩き方にも

立ち上がり方にも

物の持ち上げ方にも

「正解」は一つではありません。

むしろ、

さまざまな方法で動ける人ほど、

環境の変化に適応しやすく、身体への負担も分散しやすいと考えられています。


まとめ

「正しい動き」は、場面や目的によっては存在します。

しかし、

すべての人に共通する唯一の正解はありません。

身体は環境や痛み、疲労に応じて動きを変える柔軟なシステムです。

だからこそ大切なのは、

「正しいフォーム」を探し続けることではなく、

さまざまな状況に適応できる”動きの引き出し”を増やすこと。

それが、痛みの予防にも、リハビリにも、健康づくりにもつながります。


参考文献(主要エビデンス)

  • Nicol van Dijk, Benno M. Nigg. The Preferred Movement Path Paradigm:個々に適した動作パターンが存在し、画一的なフォームを強制すべきではないという考え方。
  • Peter O’Sullivan. Moving beyond structural impairments:慢性疼痛では「正常フォーム」への固執より、機能・適応性・患者教育が重要であることを提唱。
  • Gregor Schmid ら. Movement variabilityに関するレビュー:適度な動作のばらつきは正常な運動制御の特徴であり、過度に少なくても多くても問題となる可能性がある。
  • Kieran O’Sullivan ら. 姿勢・フォームと腰痛の関連に関するレビュー:姿勢や単独の動作パターンだけでは腰痛を十分説明できないことを報告。
  • Lorimer Moseley, David Butler. 疼痛科学では、痛みに伴う動作変化は組織損傷だけでなく、防御的な神経系の適応として理解されている。

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