脳の身体地図と慢性痛の話
「骨盤が歪んでいます」
「背骨がズレています」
こう言われると、多くの人はこう思います。
「自分の身体は壊れているのかもしれない」
これ、けっこう危険です。
もちろん骨折・脱臼・強い変形など、本当に構造の問題が痛みに関係するケースはあります。
ただ、慢性的な腰痛や首・肩の痛みでは、話はそんなに単純ではありません。
近年の研究では、慢性痛では痛い部位の身体イメージが乱れることが報告されています。慢性腰痛患者では、腰の身体イメージが歪み、触覚の識別能力も低下していたという研究があります。
つまり、
身体そのものが歪んでいるというより、脳の中の“身体地図”が曖昧になっている可能性がある
ということです。
脳には「身体の地図」がある
私たちは、目で見なくても自分の腕や足の位置が分かります。
これは、脳が身体の位置・形・動きを常に把握しているからです。
しかし慢性痛では、この身体地図が乱れることがあります。
実際に、慢性腰痛の人では、
- 腰が大きく感じる
- 腰の位置が分かりにくい
- 腰が自分のものとして感じにくい
- 背中の形が変に感じる
といった身体認識の変化が報告されています。腰部の身体知覚を評価するための Fremantle Back Awareness Questionnaire という質問票も開発されています。(oml.eular.org)
「歪んでいる」と思うこと自体が痛みを強める可能性
ここが大事です。
痛みは、単なる組織損傷のサイレンではありません。
脳が、
「この身体は危ない」
「動かすと壊れる」
「ここは守らないといけない」
と判断すると、痛みは強くなりやすい。
医療者の説明も影響します。Darlowらの研究では、腰痛患者の信念に医療者の言葉が長く影響することが示されています。つまり「ズレている」「すり減っている」「歪んでいる」といった説明は、患者に“自分の腰は弱い”という信念を作る可能性があります。
言葉は治療にもなるし、呪いにもなります。
雑な「歪み説明」は、もはや口から出る湿布じゃなくて、口から出る事故物件です。
診断ラベルも痛みに影響する
腰痛に対してどんな名前をつけるかも重要です。
研究では、「椎間板変性」「関節炎」「椎間板膨隆」などのラベルは、患者に
- 重症だと思わせる
- 画像検査が必要だと思わせる
- 手術が必要かもしれないと思わせる
傾向があると報告されています。
つまり、説明の仕方ひとつで、脳の警戒レベルが変わる。
そして脳の警戒レベルが上がると、
- 筋肉が硬くなる
- 動きがぎこちなくなる
- 痛みに敏感になる
- 動くのが怖くなる
という悪循環に入りやすくなります。
「歪み」は診断名ではありません。
慢性痛では、姿勢や骨格だけを整えるのではなく、「身体は安全に動かせる」という経験を積み重ねることが重要と考えられています。
研究では、運動療法に加え、痛みの仕組みを理解する教育(Pain Neuroscience Education)や、身体感覚・身体認識に着目した介入を組み合わせることで、痛みへの恐怖や身体機能の改善につながる可能性が報告されています。
ただし、どの介入が最も効果的かについては、現時点では十分な結論は出ておらず、患者さんごとに適切な方法を選択することが重要です。
まとめ
「身体が歪んでいる」と思うと、痛みが必ず増えるわけではありません。
ただし研究を踏まえると、
慢性痛では、痛い部位の身体イメージが乱れることがある。
“歪んでいる”“ズレている”“壊れている”という信念は、脳の警戒を高める可能性がある。
その結果、痛み・筋緊張・動作への恐怖が強くなることがある。
だから、慢性痛に必要なのは「歪み探し」だけではありません。
大事なのは、
身体を正確に感じること。
安心して動ける経験を積むこと。
脳に“この身体はまだ使える”と教え直すこと。
痛みは、身体だけの問題ではありません。
脳がその身体をどう見ているか。
そこまで含めて、リハビリです。


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