理学療法士・鍼灸師 金野広大(リハりん)
はじめに
脳卒中後の片麻痺を抱える方にとって、毎日の「着替え」は最初の難関です。麻痺側の腕が思うように動かせない、バランスが不安定でボタンに集中できない——こうした困難は、多くの方が経験されます。
実際、脳卒中後の生存者の約50%が長期的なADL障害を抱えると報告されており(Motor imagery as an intervention to improve ADL post-stroke, PMC, 2025)、着替えを含む基本的ADLの自立は生活の質に直結する重大な課題です。
このガイドでは、最新のリハビリテーション研究をもとに、着替えが楽になる実践的な方法と、生活動作全体を支えるエビデンスを分かりやすくまとめました。
なぜ着替えが大変になるのか——原因を知る
着替えが困難になる理由は「腕が動かない」だけではありません。2016年のパス解析研究では、脳卒中後の着替え障害には以下が複合的に関与することが示されています(Hierarchy of Dysfunction Related to Dressing Performance in Stroke Patients, PMC, 2016)。
| 障害の種類 | 着替えへの影響 |
| 上肢運動障害 | 袖通し・ボタン操作が困難 |
| 感覚障害(体性感覚低下) | 麻痺側の腕の位置・布の感触がわかりにくい |
| バランス障害(体幹不安定) | 座位保持中に前傾姿勢をとると転倒リスク上昇 |
| 高次脳機能障害(注意・失行等) | 動作の手順が分からなくなる、衣類の認識困難 |
これら複数の要因が絡み合うため、「腕の訓練だけすれば良い」というわけではなく、感覚・バランス・認知機能を含めた総合的なアプローチが重要です。
着患脱健——片麻痺の着替えの基本原則
「着患脱健(ちゃっかんだっけん)」は、片麻痺の着替えにおける最も基本的かつ重要なルールです。
| 動作 | 手順 | 理由 |
| 着る時 | 麻痺側(患側)から先に袖を通す | 可動域の少ない側を先に入れる方が姿勢を崩さずに済む |
| 脱ぐ時 | 健側から先に袖を抜く | 健側の手を使って患側を脱がせやすい |
座位の安定が前提条件
着替えを安全に行うためには、安定した座位姿勢が必須です。2023年の研究では、上肢を使わない姿勢制御訓練がADL(FIMスコア)を有意に改善することが示されています(Kamijo et al., Frontiers in Rehabilitation Sciences, 2023)。
- ベッド端・椅子は足底が床につく高さに調整
- 体幹バランスが不安定な場合:壁・手すりを活用
- 疲れやすい方は臥位(寝た状態)での着替えも選択肢
上衣(シャツ)の着替え方
前開きシャツ(最も取り組みやすい)
【着る手順】
- シャツを膝の上に広げ、内側が上に向くよう置く
- 健側の手で麻痺側の腕を袖に誘導して通す
- 健側の腕を袖に通す
- シャツを頭の上から被るように背中へ回す
- ボタンを健側の手で留める(ボタンエイド活用も可)
【脱ぐ手順】
- 健側の手でボタンをすべて外す
- 健側の袖を先に脱ぐ
- 背中のシャツを頭越しに前に引き出す
- 麻痺側の袖を脱ぐ(健側の手で引っ張る)
かぶりシャツ(Tシャツ)の場合
- 首回りが広いもの・伸縮性の高い素材を選ぶ
- 着る:麻痺側→頭→健側の順で袖を通す
- 脱ぐ:後ろ衿を健側の手でつかんで頭を出し、健側→麻痺側の順
ズボン・下着の着替え方
臥位(寝た状態)で行う
- ズボンを両足に通す(麻痺側から)
- 膝を立てて腰を浮かせ(ブリッジ動作)、ズボンを引き上げる
- ブリッジが難しい場合:寝返りを繰り返しながら少しずつ引き上げる
座位で行う
- 麻痺側の足首を健側の膝に乗せて(足組み)、ズボンを通す
- 健側の足に通す
- 立ち上がってズボンを引き上げる(手すり使用を推奨)
ゴムウエストのズボンから始め、徐々にボタン・チャック付きへ移行するのが現実的なステップです。
リハビリ研究が示す——ADL改善の鍵
① 課題指向型訓練(Task-Oriented Training)
実際の生活動作そのものを繰り返し練習する「課題指向型訓練」は、脳卒中後のADL回復において最もエビデンスが確立されたアプローチの一つです。
| 研究 | 対象 | 結果 |
| Lee et al., AJOT, 2024 (システマティックレビュー) | 脳卒中後の上肢機能 | 課題指向型訓練は上肢機能・ADL改善に中等度〜強いエビデンス |
| T-ADL訓練RCT (PMC, 2022) | 慢性期脳卒中33名 | 8週間のT-ADL訓練で患側MFTスコアが有意に改善。ADL・QOLも両群で改善 |
重要なポイント:着替えの練習は「療法室の中だけ」ではなく、実際の生活場面(自宅・ベッドサイド)で行うことで効果が高まります。
② 感覚訓練とADLの組み合わせ
麻痺側の感覚低下は着替えの大きな妨げになります。感覚入力を意識したアプローチが着替えを含むADL改善に貢献します。
ADL訓練に感覚療法を追加したRCT(medrxiv, 2024)では、着替え技術の指導(カーディガン・Tシャツ・ズボン・片手靴紐結び)が標準的な介入として実施され、感覚訓練群でADL評価(COPM)が有意に改善。
感覚入力を高める具体的な方法:
- 着替え前に麻痺側の腕に軽くタッピングや圧迫を加える
- 異なる素材の衣類(綿・ニット等)で感触を意識させる
- 鏡を使って麻痺側の動きを視覚的に確認する(ミラーセラピーの応用)
③ 作業療法(OT)の包括的効果
2025年3月発表のシステマティックレビュー・メタ解析(J Clin Med, 2025)では、慢性期脳卒中の中高年に対する作業療法が以下に有意な効果を示しました:
- ADL自立度の改善(COPM評価、p = 0.03)
- 身体機能・認知機能の向上
Vásquez-Carrasco et al., J Clin Med, 2025. 「慢性期脳卒中の中高年に対する作業療法は、ADL、認知機能、身体機能の改善に有効」
自宅でできる「作業療法的アプローチ」のポイント:
- 実生活に即した動作(着替え・食事・入浴)を毎日繰り返す
- 難易度を少しずつ上げる(前開き → かぶり → ボタン付き)
- 自助具を上手に使いながら「できる体験」を積み重ねる
役立つ自助具・福祉用具
| 自助具 | 用途 | 効果 |
| ボタンエイド | ボタンの掛け外し | 片手でも操作でき、着替えの自立度を高める |
| ソックスエイド | 靴下を履く | かがまずに靴下を装着(腰・バランスへの負担軽減) |
| ドレッシングスティック | 衣類の引き上げ・位置調整 | リーチが難しい箇所も補助できる |
| マジックテープ式シャツ | ボタン不要 | 見た目はボタン付き、着脱は片手で完了 |
| 弾性靴紐 | 靴紐の着脱不要化 | スリッポン感覚で使用でき転倒リスク低下 |
着替え以外の生活動作を楽にするコツ
入浴
- シャワーチェア(転倒予防の基本)
- 片手用ソープディスペンサー・バスボード
- 入浴前後の体温変化に注意(血圧変動)
食事
- 滑り止めマット+自助スプーン・フォーク
- 軽い皿・持ちやすいコップ
立ち上がり・移動
- 手すりの設置(介護保険で住宅改修可)
- 起き上がり補助ロープ(ベッドに設置)
- 高さ調整できるベッド・椅子
介護保険・支援制度の活用
| サービス | 内容 | 対象 |
| 福祉用具貸与・購入 | 自助具・手すり・車いすなど | 要介護・要支援認定者 |
| 住宅改修 | 手すり設置・段差解消(最大20万円補助) | 要介護・要支援認定者 |
| 訪問リハビリ | 自宅でのADL・着替え訓練 | 医療保険・介護保険で利用可 |
| 障害福祉(自立訓練) | 若年脳卒中後の社会復帰支援 | 身体障害者手帳所持者等 |
参考文献
【参考にした主な論文・資料】
1. Motor imagery as an intervention to improve activities of daily living post-stroke: A systematic review of randomized controlled trials. PMC, 2025.
2. Hierarchy of Dysfunction Related to Dressing Performance in Stroke Patients: A Path Analysis Study. PMC, 2016.
3. Lee CY, Howe TS. Effectiveness of Activity-Based Task-Oriented Training on Upper Extremity Recovery for Adults With Stroke. Am J Occup Ther. 2024;78(2).
4. Vásquez-Carrasco E, et al. Effectiveness of Occupational Therapy Interventions on ADL, Cognitive Function, and Physical Function in Middle-Aged and Older People with Chronic Stroke. J Clin Med. 2025;14(7):2197.
5. Postural control exercise without using the upper limbs improves ADL in patients with stroke. Frontiers in Rehabilitation Sciences. 2023.
6. The Effect of Sensory Therapy on Upper Extremity Functions and ADL in Patients with Chronic Stroke: A RCT. medrxiv, 2024.
7. Xiong J, et al. Advances in hemiplegia rehabilitation: modern therapeutic interventions to enhance ADL. Front Neurol. 2025;16:1555990.



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